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あの原秀則が描く「大人の恋」! 原秀則「しょうもない僕らの恋愛論」(第109回)

 冬になると『冬物語』を思い出す。といっても、この作品の「冬」は季節そのものではなくて“青年時代の冬”、すなわち「浪人時代」のメタファーだ。男性向け恋愛マンガの巨匠・原秀則が昭和から平成にかけて描いた代表作であり、1988年に小学館漫画賞も受賞している。昔も今も大学受験で浪人を経験する人は多いのに、予備校を舞台にしたマンガとなると珍しい。
 「日東駒専」を目指す森川光は、さわやかな名前と裏腹に極めて優柔不断でウジウジしている浪人生。予備校で東大志望の雨宮しおりと明朗快活な倉橋奈緒子に出会った光は、受験勉強などそっちのけで、しおりと奈緒子の間で揺れ動く。ろくに勉強しないので二浪しても偏差値は上がらないわ、何か言われるとすぐに黙り込んでしまうわ、とにかく見ていてイライラする主人公で、取り柄というものがない。しかし、そのリアルなダメっぷりに多くの「イケてない若者」が感情移入させられた。いま読むと、学生服の高校生が居酒屋で堂々と酒を飲む“昭和”の描写にも驚かされる。

 それから30年。今年、奇しくも平成から令和にかけて、原秀則は「ビッグコミック」(小学館)で『しょうもない僕らの恋愛論』を始めた。
 本のデザイナーをしている筒見拓郎は40代前半の独身男。20年間音信不通だった谷村安奈からフェイスブックの友達申請が来た翌日、彼女の急死の知らせが届く。通夜で出会った安奈の娘・くるみ(女子高生)はその後、なぜか拓郎に接触を重ねる。一方、高校の同級生だった森田絵里もひそかに拓郎のことを想い続けていた――。
 基本的な設定は『冬物語』と同じく三角関係であり、ロングヘアのくるみは『冬物語』のしおり、ショートの絵里は同じく奈緒子を彷彿とさせる。ただし、くるみは強烈に押しの強い性格で、そこは優等生のしおりと似ても似つかない。くるみが父の平尾に対して「父さんはなんでも自分のペースで勝手に決めちゃう!」と怒鳴るシーンがあるが、どうやらルックスは母から、グイグイ押してくる性格は父から受け継いだものらしい。
 忘れられない若き日の恋、というのは不惑を過ぎないとピンと来ない感情だろう。また、拓郎が仕事の現場で「センスの衰え」や「最前線にいられなくなった苦み」を感じるのも40代ならでは。かつての光のように、多くの中年男性が拓郎に感情移入してしまうのは間違いない。拓郎の行きつけの飲み屋が「阿佐ヶ谷の『ちゃらんぽらん』」だったり、拓郎が「塩村ミキオの写真展」に行くなど、『部屋においでよ』の読者に向けた小ネタも嬉しい。

 それにしても、安奈、くるみ、絵里と主要な女性キャラ全員に恋愛感情を寄せられながら、ことごとく察知できない拓郎の鈍感力はただ事ではない。女性に対してひたすら受け身な姿勢は光ともよく似ている。女子高生のくるみと結ばれるという犯罪的展開はさすがにないと思うが、この“秋物語”が最後にどこに着地するのか、気になって仕方がないのだ。