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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #9 葉室麟さん 「詩人の出番」放つ光の含意は

文:東山彰良 写真:河合真人

 家が近いということもあって、作家の葉室麟さんとはじつによく飲んだ。いまでは葉室さん行きつけの立ち飲み屋は、私の行きつけでもある。早いもので、その葉室さんが物故してもう2年が経つ。

 12月23日がご命日なので、今月は葉室さんが小学校5年生まで暮らした小倉界隈(かいわい)を歩いてみた。その後、葉室さんは父親の転勤で福岡へ越すのだが、紀行文『曙光を旅する』(朝日新聞出版)を読むと、小倉の街はずっと心にあったようだ。朝日新聞西部本社版に連載されていた『曙光を…』の初回に葉室さんが選んだ地も、まさに小倉だった。

 雨の中、子供時代を過ごした到津(いとうづ)の町を訪れた。懐かしかった。当時の家は無く、周りの街並みも変わっている。
 私が住んでいた家は、玄関脇にイチジクの木があった。このあたりではないかと見当をつけるのが精いっぱいだ。

 私の連載は開始以来ずっと雨に祟(たた)られてきたが、小倉を訪れた日もいまにも降りだしそうな曇天だった。いっそのこと降ってくれればドラマチックなのにと思ったが、雨というのは降ってもいいときにかぎって降りやがらない。風は冷たく、街は灰色に塗りこめられていた。

 墓参をつつがなく済ませると、私は同行の記者とともに葉室さん縁の地を漫(そぞ)ろ歩いた。生家と思(おぼ)しき家も見た。葉室さんは子供のころに焚火(たきび)をしていて、手に火傷(やけど)を負ったことがあるそうだ。そのとき家の小さな池の水で手を冷やしたという。生垣(いけがき)から覗(のぞ)き込むと、たしかにその家にも涸(か)れ果てた池がある。玄関脇にイチジクの木は見当たらなかったけれど、南天の木がくすんだ赤い実をたくさんつけていた。葉室さんが足繁(あししげ)くかよった貸本屋はすでに駐車場になっていた(思い出の場所がいつも駐車場になっているのはどういうわけなんだ?)。小倉城の銀杏(いちょう)の木は見事に色づき、寒風が紫川を渡ってゆく。小倉はさほど大きな街ではないので、あっという間に見るべきところを見てしまった。あとは旦過(たんが)市場の立ち飲み屋でだらだら酒を飲んだり、路地裏にあるポルノ映画館をにやにやしながら眺めたり、いまだ残る昭和のストリップ小屋に目を見張ったりしていた。

到津市場。ほとんどの店がシャッターを下ろしたままだ=北九州市小倉北区

 4年前、雨降りの小倉を再訪した葉室さんの胸中にあったのは、唐の詩人杜甫のつぎの詩句であった。

 「片雲頭上黒 応是雨催詩」

 雨に触発されて思い浮かんだのか。いずれにせよ、この詩句は『曙光を…』のなかで最も印象深く、光を放つ一節へとつづく。

 宴の最中、空に黒いちぎれ雲がかかり始めた。もうすぐ雨となり、詩を作るように促されるだろう――という詩だ。
 杜甫は雨が降れば、自分をアピールすることができる、と思っていたのだ。片雲、頭上に黒し、と口ずさみながら、この詩を時代に暗雲がかかる時は詩人の出番だ、と読み替えてみたら、どうだろうと考えた。

 「時代に暗雲がかかる時は詩人の出番」だって? なんと胸を打つ一節だろう。創作を生業とする者のプライドをくすぐってくれるじゃないか。

 しかし、この素晴らしい一節の背後に隠されている作家の呪いに気づく者はあまりいない。

葉室さんが子供時代を過ごした小倉。街のシンボル小倉城が鏡のようなお堀の水面に映り込む。波紋が静かにゆっくりと広がっていった=北九州市小倉北区

 人知を遥(はる)かに凌駕(りょうが)する事象を理解するために、人間はその事象を説明してくれる物語を求める。戦争や愛や死に作家たちが群がるのは、我々の誰一人として戦争や愛や死を十全には理解できないからだ。得体(えたい)の知れないものは恐ろしい。本来は誰にも理解できっこないそうした恐怖や不安をすこしでも和らげたいという焦燥が、そのまま物語を求める心理となる。それが噓や慰めだったとしてもかまわない。物語さえあれば私たちは恐怖を飼い馴(な)らし、どうにかこの人生に耐えていける。

 そして詩こそは物語を最も純化し、研ぎ澄ましたかたちなのだ。時代にかかる暗雲の正体を知る者など誰もいない。そんなときこそ詩人の出番なのだと葉室さんは見抜く。先行きが見えないからこそ、人々は解釈を求めるものなのだと。

 なんという慧眼(けいがん)だろう。一見すると、詩は人々の足元を照らす一条の光のようにも思える。もちろん、そうだろう。ただし、その詩をつくる詩人たちの思惑となると、話はすこしちがってくる。詩人も作家も「雨が降れば、自分をアピールすることができる」。これは裏を返せば、雨が降らなければ自分をアピールできないということなのだ。すくなくとも、アピールする機会は著しく減る。言うまでもなく、「雨」とは戦争や災害の隠喩である。

 戦争や災害は誰にとっても好ましくない。しかし優れた詩や小説は往々にして、そうした好ましくない状況を母胎として生まれ落ちる。なぜなら、私たちはこの好ましくない状況をどうにか理解しなければならないからだ。さもなければ、ぺちゃんこに押しつぶされてしまう。

 つまり、こういうことだ。創作は崇高なものだが、崇高なものが崇高な目的から生まれるとはかぎらない――葉室さんの解釈にそうした含意を読み取るのは間違いだろうか? 間違っているかもしれない。だけど、もし葉室さんが作家のそうした呪われた性質(さが)もひっくるめて伝えようと杜甫の詩を引用したのであれば、私は葉室さんをもっと身近に感じる。

2015年に対談した時の東山彰良さん(左)と葉室麟さん

 私は呪われているし、葉室さんもそうだ。呪われていない作家の文章など、私は読みたくない。おまえなんかと一緒にするなと叱られるかもしれないけれど、私はそんなふうに思っている。=朝日新聞2019年12月21日掲載