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朝日新聞書評委員の「今年の3点」④ 間宮陽介さん、諸田玲子さん、横尾忠則さん、石川尚文さん、黒沢大陸さん

間宮陽介(京都大学名誉教授)

①資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界(佐々木実著、講談社・2970円)
②カール・ポランニー伝(ギャレス・デイル著、若森みどり・若森章孝・太田仁樹訳、平凡社・4950円)
③セレブの誕生 「著名人」の出現と近代社会(アントワーヌ・リルティ著、松村博史・井上櫻子・齋藤山人訳、名古屋大学出版会・5940円)

 ① ②は私が書評しなかった本、③は書評した中で特に印象に残っているもの。
 ①は世界的経済学者、宇沢弘文の伝記。数理経済学で名を馳せた宇沢が、帰国後、なぜ社会的共通資本論に没頭したか。知と情が分かちがたく結びついた彼の思想世界が、軽快なテンポで明快に描かれている。②はポランニーの思想そのものより、時代と思想の関わりに重点が置かれている。書簡類を含む浩瀚(こうかん)な資料によって書かれており、資料的価値も高い。③の「セレブ」は上流階級ではなく、「著名人」である。祭り上げる民衆と祭り上げられる著名人。18、19世紀のフランスを舞台にした歴史書であるが、「著名人」という視点は、現代のファシズムやポピュリズムを理解する一助となるかもしれない。

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諸田玲子(作家)

①山海記(せんがいき、佐伯一麦著、講談社・2200円)
②夢見る帝国図書館(中島京子著、文芸春秋・2035円)
③イタリアン・シューズ(ヘニング・マンケル著、柳沢由実子訳、東京創元社・2090円)

 今年も本に癒され励まされた1年でした。なかでも心に残ったのは土地にしみついた歴史をたどりつつ、そこに生きる人間の営みや過去の秘密、あふれる心情を生々しく描いた3冊。
 ①は台風の傷痕残る紀伊半島を巡り、土地の歴史を炙り出しながら自らの体験や東日本大震災をも重ね合わせてゆく静かな筆致に胸を打たれました。②は上野につくられた日本初の国立図書館の歴史に謎めいた女の人生をからめて感動的なタペストリーを見せてくれました。③はスウェーデン東海岸群島の孤島に暮らす世捨て人のごとき老人の秘密が厚い氷が解けるように暴かれてゆきます。3冊とも底に流れるのは死の影、そして過酷な自然との闘いや悲惨な歴史の数々です。だからこそ生の重さが胸に迫るのでしょう。

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横尾忠則(美術家)

①ピカソとの日々(フランソワーズ・ジロー、カールトン・レイク著、野中邦子訳、白水社・6600円)
②ピカソの私生活(オリヴィエ・ヴィドマイエール・ピカソ著、岡村多佳夫訳、西村書店・4180円)
② 黒澤明の羅生門(ポール・アンドラ著、北村匡平訳、新潮社・2750円)

 今年の新刊は書評のために読んだ24冊が全てで、他に読んだ本は文庫本が数冊。だから、薦める本はやはり書評の対象になった中から選ぶしかない。
 ピカソの伝記を2冊評したが、どちらも知られざるピカソの内実が。かつてのピカソの愛人フランソワーズ・ジローと、娘のマヤの長男という身内によって書かれただけに、愛憎こもごも、読者にとっては大変興味深い。
 ①の著者ジローはピカソによって訴えられることになるが、結局ピカソは敗訴することになる。
 ②の著者はドキュメンタリー作家だけに構成が立体的に仕上がっている。
 ③この映画によって世界には日本映画だけでなく、日本の文化、芸術がクローズアップされることになった。

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石川尚文(朝日新聞社論説委員)

①三体(劉慈欣著、大森望・光吉さくら・ワン・チャイ訳、立原透耶監修、早川書房・2090円)
②独ソ戦 絶滅戦争の惨禍(大木毅著、岩波新書・946円)
③「家族の幸せ」の経済学(山口慎太郎著、光文社新書・902円)

 ①をうっかり夜中に読み始めたら冒頭の濃厚な描写に引き込まれて徹夜に。文革体験の痛切な重みが迫る前半を支えに、中盤以降は若干やり過ぎ感もある怒濤の展開へ。続編の邦訳が待ち遠しい。すでにSF的な中国社会から、今後どんな作品が生まれてくるのか。
 第2次世界大戦の中でも独ソ戦は、あまりに大きな犠牲に呆然としてしまい、思考も感情も途方に暮れてしまうことがある。②は簡潔かつ明晰な全体像を示すと同時に、日本での理解・認識の遅れに釘を刺す。学研M文庫で独ソ戦ものに接した人には必読のようだ。
 経済記事を書く身としては③が印象に残る。近年、データ分析について一般向けの好著が増えているが、中でもおすすめしたい。詳しくは年明けの「売れてる本」欄で。

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黒沢大陸(朝日新聞大阪科学医療部長)

①居るのはつらいよ(東畑開人著、医学書院・2200円)
②生き物の死にざま(稲垣栄洋著、草思社・1540円)
③在野研究ビギナーズ(荒木優太編著、明石書店・1980円)

 力づけられた本を。①は現場体験からケアやセラピー、臨床心理学をユーモラスな筆致で解き明かしていく。著者が苦闘の末にたどり着く論考が内面に響く。効率を求める「会計の声」に対する考えは、ケアにとどまらない価値観も提供する。笑って共感できる「ガクジュツ書」だ。
 虫や魚など29の生き物のものがたりをつづった②は、ゆっくりと時間をかけて読みたくなる。幼虫の食べ物として自らの体を差し出すハサミムシの母親の壮絶な子育ても印象深い。
 ③は別の仕事をしながら研究を続ける人々が執筆。動機や研究方法は楽しく、たくましい。研究とは何かを問いかけてくる。査読論文もなくメディアをにぎわす「学者」とは対照的。何かに挑戦したくなった。

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吉村千彰・朝日新聞読書編集長

①掃除婦のための手引き書(ルシア・ベルリン著、岸本佐知子訳、講談社・2420円)
②ナボコフ・コレクション ロリータ 魅惑者(ウラジーミル・ナボコフ著、若島正、後藤篤訳、新潮社・5830円)
③鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史(片山杜秀著、講談社・3520円)

 大酒飲みの祖父と母に育てられ、4人の子どもに恵まれたけど、夫たちとは縁が続かず、仕事は転々、依存症に。そんな作家自身の強烈な人生を投影した短編集が①。体も心も疲れてます。でも、どこかおおらかで力強い。住む場所も境遇も違うけれど、ここには私たちの人生もある。
 ②ロシアから米国に亡命した作家ナボコフは両言語で書いた。ロシア語版からの邦訳を主としたシリーズ(全5巻)が完結。有名な「ロリータ」はまず英語で書き、自らロシア語に訳した。本書収録作は英語版からの訳を元に、ロシア語版との異同の「発見」から手直しした増補版。両版の違いを記す訳注も充実。
 ③日本の名音楽家14人を取り上げ、世間の評価と違う「鬼子」ぶりを考察した力作。特に、テレビアニメ「赤毛のアン」の主題歌からオペラ「遠い帆」へと連なる、三善晃の、ここまでやるかという濃密な音づくりに目を見張る。

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」①はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」②はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」③はこちら