1. HOME
  2. コラム
  3. 売れてる本
  4. 山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学』 男性の育休は「伝染」する

山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学』 男性の育休は「伝染」する

 本書が扱うのは結婚や出産、子育て、そして離婚の分析だ。それがなぜ経済学なのか。著者は冒頭に「経済学は、人々がなぜ・どのように意思決定し、行動に移すのかについて考える学問」だから、と書いている。

 経済学は、実社会からどのようにデータを集め、それをどう分析するかの手法を洗練させてきた。著者は、自身のものを含む各国で蓄積された研究成果から何が言えるのかを、極めて平易に説いている。

 例えば、母乳育児は身長・体重や肥満度はもちろん、長期的な知能発達に有益との根拠はない。あるいは、1年間の育休は母親のその後の就業を大きく引き上げるが、3年にしても追加の効果はない。一方で、母子が一緒に過ごした期間の長さは、子どもの進学状況や所得にほぼ影響を与えていないという。

 男性の育休についての分析も興味深い。日本の育休制度は他国に比しても充実しているが、実際に育休を取る率は低い。北欧の例を見れば、同僚や兄弟といった近しい人とりわけ上司が育休を取れば、「伝染」効果が大きいという。小泉進次郎氏の選択が問われる所以でもある。

 本書はサントリー学芸賞を受賞し、週刊ダイヤモンドのベスト経済書第1位に選ばれるなど専門家の評価も高い。俗説の多い分野で、信頼できる書籍が手軽に読める意義は大きい。加えて本書の価値を何より高めているのは、単なる「データ重視」を超える視点の奥行きだろう。

 例えば、著者はデータに基づき、出産時の帝王切開のリスクを指摘する。だが、だからといって母親の選択を批判するのではない。帝王切開で生まれた子どもへの偏見も誤りだと断じる。必要なのは、医師の都合で生じるような不必要な帝王切開を減らし、健康への悪影響を減らすための支援制度を築いていくことなのだという。

 冷徹な分析の上でのあたたかい提言に満ちていることこそ、「家族の幸せ」を冠する本書の面目躍如たるところだろう。

    ◇
 光文社新書・902円=6刷3万1千部。2019年7月刊行。著者は1976年生まれ、東大教授(労働経済学)。30~40代女性に売れている。