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【谷原店長のオススメ】石田三成を現代的な視点で新たに描き出す時代小説、今村翔吾『八本目の槍』

 時代小説の好きな方に「面白かったのでぜひ読んでみて」と言われ、新年早々ハマってしまった本をご紹介します。歴史モノはちょっと……という読者も、きっと読みやすいはず。

 ときは安土桃山時代。いまの滋賀県にあたる近江国・賤ヶ岳(しずがたけ)で1583年4月、「賤ケ岳の戦い」が起こります。その前年6月、「本能寺の変」で織田信長を襲撃したのは、彼の家臣・明智光秀でした。その明智光秀を直後に討った羽柴(豊臣)秀吉と、もともと信長の筆頭家老だった柴田勝家とが、信長の後継問題をめぐって対立し、戦へと発展するのです。この戦いでは秀吉が勝利をおさめ、勝家は自害するのですが、秀吉の子飼として勝利を決定づける活躍をした7人の小姓が、この本においては各章ごとに登場します。彼らは「賤ヶ岳の七本槍(しちほんやり)」と呼ばれ称賛されました。彼らのその後の人生が綴られます。

 出世した者もいれば、落ちぶれた者もいる。共に汗をかき、喜び、出世を夢見た仲間も時が経つにつれ立場や距離感が変わっていきます。「七本槍」の波乱に富んだ人生が、オムニバス形式で語られますが、それぞれ独立した物語ではなく、人と人、時系列が複雑に絡まりつつ描かれていきます。何しろ章ごとに時系列がドラスティックに前後していくので、脳みそがシャッフルされる。僕が今まで読んできた時代小説は、時間の流れが真ん中に太く流れていて、そこに様々な事件や大きな出来事が起こり、その時の登場人物の思いはどうか、という描かれ方が多いように思います。この本では、歴史そのものではなく七本槍それぞれの人生、胸に秘めた想いに焦点が置かれているのです。

 そして、この物語の何よりの要は、7つの物語を文字通り突き刺す「八本目の槍」。石田三成(佐吉)の存在です。他人からは理解されにくい彼の真意が7人のエピソードによってあぶりだされる構成になっています。

 戦国武将のなかでも、評価や人気が分かれる、石田三成。この本は新しい視点で書かれており、ワクワクしながら読み進められます。ただ、なかには、1984年生まれの著者・今村翔吾さんが、現代的視点を何とか盛り込もうとして、ちょっと勇んでいるな、と感じる場面も。男女同権や、近代的な政治の在り方などの考えを、あたかも石田三成が既に持ち、一足飛びに現代を見透かしていたかのように描かれているのです。そのあたりは面白く読む人もいれば、違和感を覚えてしまう人もいるかも知れません。

 ただ、現代的な要素を何とか盛り込みたいとの著者の意欲はひしひし伝わりますし、時代小説に慣れてない方でも読み進めやすいかと思います。いっぽうで、青春譚として7人の男たちの石田三成との関わりの描写は、文句なしに清々(すがすが)しく読むことができます。

 能力はあったけれども「人望に難アリ」と評され、結局は家康に負けてしまった石田三成、それから謀反を起こした明智光秀。彼らはいずれも、戦国の世においてマイナスのイメージで語られることがままありますよね。今春、大河ドラマ「麒麟がくる」で、明智光秀と関係のあった三淵藤英の役を演じる僕にとって、歴史上の人物の評価を改めて様々な角度から考察することはとても興味深いです。

 過去の人物を演じるにあたっては、ゆかりの地を訪れ、関係者からお話を伺ったり、史料を読み込んだりしています。「新選組!」に出演した時は、伊東甲子太郎ゆかりの寺で住職さんのお話を聞かせていただきました。京都のお寺へはいきなり出向いたのですが、快く応対してくださり、古地図のようなものも見せて下さいました。「龍馬伝」で桂小五郎(木戸孝允)を演じた時には、山口県萩市の生家を訪れたこともありました。

 台本に書かれたなかで、いかに役作りをしていくか。その人が台本の中においてどんな役割を担っているのか。それを、ときに客観的に考え、ときに突き詰めながら、自分の中で想像を膨らませていきます。こんな時、やはり「拠りどころ」になるのは、実際に、その地で伝わっている史料です。できる限り正確に、後世に記録を残すことの大切さを感じます。

 「賤ケ岳の七本槍」の彼らがひとえに望むのは、天下人・秀吉の、豊臣家の安泰です。僕が以前から謎に思っていたのは、なぜ秀吉は幕府を開かなかったのか。諸説あるとは思いますが、この本で著者が描いたその答えの視点には、「おお、そういう捉え方もあるか!」と納得させられるものがあります。

 歳を重ねた「七本槍」たちは、仲間と共に過ごした時代を懐かしく思い起こします。「関ヶ原の戦い」を経て、我が身を振り返った時、なんと遠くに来てしまったのだろうという万感の思いを抱くのです。そしてそれぞれが石田三成を偲ぶことによってその人物を描くという構成は、歴史小説の新しい形態ともいえる本だと思います。

 歴史小説が気になり始めたら、『のぼうの城』(和田竜・著)も手にとってみてはいかがでしょう。テンポが良くて読みやすく、とても泣けます。それから隆慶一郎さんもお薦め。今作の敵役である家康を書いた『影武者徳川家康』はワクワクドキドキしながら読み進められると思いますよ。(構成・加賀直樹)