1. HOME
  2. コラム
  3. 朝宮運河のホラーワールド渉猟
  4. 英国怪談の豊かな伝統を味わう 「銀の仮面」など小説やコミック4冊

英国怪談の豊かな伝統を味わう 「銀の仮面」など小説やコミック4冊

文:朝宮運河

 イギリスは怪奇小説の本場。M・R・ジェイムズやE・F・ベンスンなど、ホラーの名手を数多く輩出している。今月の時評では、そんな英国怪談の伝統に触れられる4冊を紹介してみたい。
 まずは南條竹則『ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚』(KADOKAWA)。怪奇小説の翻訳家としても知られる著者がこのアンソロジーで着目したのは、英国文学における「厚いフォークロアの下地」だ。幽霊、魔女、地獄、人魂に魔法使い。かの国で語り継がれてきた怪しくも胸躍るエピソードの数々を、有名な古典作品や聖職者が記した実話集などから幅広く翻訳紹介している。自在に姿を変え、人々の前に現れる奇妙な少女を描いた「みんなの女の子」を筆頭に、素朴ながらぞっとする怪異譚が満載だ。
 散文のみならず、バラッドや詩などの韻文にページを割いているのが特色。これらは後世の怪奇作家にもインスピレーションを与え、豊かな題材を提供した。たとえばジェイムズの怪奇小説にはロバート・バーンズの、ベンスンの小説にはジョン・キーツの詩が影響を与えているという。そんな英国怪談の豊穣さにあらためて舌を巻く。
 古き良きお化け話への偏愛が滲む、ユーモラスな語り口も魅力。今どき「吾輩」という一人称がこれほど似合う文学者は南條竹則を措いていないだろう。本文が紫色のインクで刷られたブックデザインも美しく、ページをめくっているだけで心躍るような一冊であった。

 高価な調度品に囲まれて暮らす女性ソニア。彼女の穏やかな暮らしは、無一文の美青年とその家族の出現によって壊れてゆく……。ヒュー・ウォルポール『銀の仮面』(倉阪鬼一郎編訳、創元推理文庫)は、江戸川乱歩が「奇妙な味」と呼んだ表題作「銀の仮面」など全13編を収めた短編集。ウォルポールは20世紀前半、旺盛な執筆活動を展開したイギリス人作家だ。
 近所に住む男のことがなぜか気になって仕方ない「敵」、大都会ニューヨークに猛獣の気配を感じる「虎」など、大半の作品では神経質な主人公がじわじわと形のない恐怖に絡め取られてゆく。幽霊が登場しないモダンな恐怖小説がある一方で、古い邸宅を舞台にした「ちいさな幽霊」、クリスマスの奇跡を描いた「奇術師」のようなイギリスらしい怪談も。いずれのタイプの作品にも孤独の影が漂っており、それが物語に陰影を与えている。

 『お嬢様のお気に入り』2巻(門賀美央子原案、小学館)は、19世紀末イギリスを舞台にした波津彬子の人気コミック。怪談に目がないアーミテージ家の令嬢キャロラインが、次々と不思議な事件に遭遇してゆくという物語である。待望の第2巻では、降霊会での怪事件や古城の冒険を描きながら、かつてキャロラインが目撃した「白い貴婦人」の秘密も明かにしてゆく。キャラクター設定から執事ロバートが語る怪談話にいたるまで、英国怪談へのリスペクトが詰まった逸品。怪奇小説ファンの皆さんはお見逃しなく。

 『黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続』(毎日新聞出版)は、宮部みゆきがライフワークとして書き継いでいる江戸怪談シリーズの最新刊。神田の袋物屋・三島屋の座敷で語られた4つの怪異譚を収めている。これがなぜ英国なのか、と不審に思われた方は第3話「同行二人」を読んでいただきたい。
 走り飛脚の男にいつまでもつきまとう不気味な人影。暗い山道をすーっと移動してくるその姿は、冒頭で名をあげたM・R・ジェイムズの怪談「笛吹かば現れん」を彷彿させないだろうか。などと考えていたら、先日取材でお会いした宮部さんが「『同行二人』の幽霊はジェイムズですよ」とおっしゃるので、我が意を得た思いだった。著者が愛してやまない英国怪談の伝統を探りながら、このシリーズを読んでみるのも面白いだろう。