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歴史人口学者・速水融さんを悼む データ解析取り入れ、読み解いた近世 鬼頭宏さん寄稿

速水融(はやみ・あきら)さん。2019年12月4日死去。90歳だった=2009年撮影

 昨年12月4日に亡くなった速水融先生とは、10月22日に即位礼正殿の儀でご一緒したのが最後となった。その日はちょうど先生の卒寿の誕生日で、車椅子ながら元気な姿だった。

 速水さんは慶応義塾大学、国際日本文化研究センターなどで教育・研究に携わった経済史家で、歴史人口学のパイオニアである。

 1960年代にヨーロッパに赴くと、キリスト教会の洗礼、結婚、埋葬の記録簿を利用して近代以前の人口研究が活発に行われていた。帰国すると直ちに、徳川時代の1670年代から全国の所領で作成することが命じられた宗門人別改帳を活用して本格的な研究を開始した。

 『近世農村の歴史人口学的研究』(1973年)は、今でいうビッグデータの解析を歴史研究に取り込んだ初期の試みである。人別帳から一軒一軒、一人一人の記録を洗い出し、信州諏訪地方で直系3世代世帯からなる近世的世帯が形成される過程を明らかにした。また、詳細な人口統計の作成を通じて、18世紀中期に始まる人口停滞が、高い死亡率ではなく、出生率の低下に原因があることを示した。

 『近世濃尾地方の人口・経済・社会』(92年)では、詳細な個人の追跡調査を通じて、徳川時代にも農村と都市の間で恒常的な人口移動があったこと、農民の出稼ぎ先の変化から徳川中期以降、経済構造に変化があったことを示唆する。

 速水さんは世界史的なスケールで日本経済史を描いた。古代文明の周辺に位置する西欧と日本の歴史過程は、封建社会を経験する点で共通するが、その中で「経済社会化」(市場経済化)への対応として起きた「勤勉革命」が近世日本の経済成長の特徴となったことを指摘した。日本では西欧の産業革命とは違い、家畜(資本)の労働を人間が肩代わりする資本節約・労働集約型の生産革命が起き、勤勉になったというのだ。

 今年は国勢調査が始まってから100年になる。速水さんは現代日本の人口減少について「人口減少は必ずしも悪ではない」と考えていた。人材と研究費をもっと使い、客観的な研究に基づく議論を通して、対策を講ずべきだというのが晩年の主張であった。

 昨年も亡くなる直前まで机に向かい、原稿を認(したた)めていたという。大学紛争の折に「研究馬鹿」と謗(そし)られた際には、「研究馬鹿」にもなれずに研究者になれるかと反駁(はんばく)した。研究に没頭する姿勢を生涯貫いた研究人生だった。(きとう・ひろし=静岡県立大学学長)=朝日新聞2020年1月29日掲載