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早見和真さんが20歳のとき訪れたインド 「旅」とは何かを初めて知った

罪やけがれを清めるため、ガンジス川で沐浴する人々=インド北部アラハバード、奈良部健撮影©朝日新聞社

 はじめての“自発的な”海外はインドだった。幼い頃に二度ほどハワイに連れていってもらったことがあるが、自分で行くことを望み、パスポートを取得し、チケットを購入した最初の海外はインドだった。二十歳のときのことだ。
 それから気持ちいいくらい旅にハマった。あの頃、バンコクのカオサン通りで石を投げれば高確率で当たったであろう「日本人バックパッカー」の仲間入りをし、沢木さんの『深夜特急』を貪り読み、バイトをしてはお金を貯めて、次にどの国に行くかを考えているのは最高に贅沢な時間だった。

 訪ねた国の数に意味があるとは思わないが、三十以上の国を巡ったはずだ。インドネシアで聞いたコーランの音も、マダガスカルで触れたバオバブの木も、メキシコで食べたタコスも、タイ南部の海の青さもすべて印象に残っているが、絶対に忘れられない旅を一つ挙げるとすれば、最初に行ったインドであるのは間違いない。
 インドという国自体にはそのあとも何度も行ったし、おそらく他のどの国よりも長い期間滞在している。
 そのすべてがかけがえのない経験だったが、インドに限らず、その後どれだけ多くの素晴らしい景色に触れ、感動したとしても、最初のインドを超える衝撃とはいまに至るまで巡り会えていない。理由を一言で記すなら、唯一の『深夜特急』以前の旅だったということだ。

 はじめてインドに行ったとき、僕は何もわかっていなかった。『深夜特急』はおろか『地球の歩き方』さえ存在も知らないまま、詳しくは省くがゴアというアラビア海に面した街を目指し、たいした警戒心もないまま飛行機に乗った。
 きっと、だからこその衝撃だった。道の真ん中を牛が歩いていることも、カレーしか食べるものがないことも、川で人が身体を清めていることも、そこを動物の死骸が流れていることも、人間不信に陥るほどすぐ詐欺に遭うことも……。ガイドブックを開けば最初の数ページにすべて列挙されていそうないちいちに僕は衝撃を受け、目を見開き、そして感動したのだった。
 首都のデリーから入り、ガンジス川で有名なヴァラナシを経て、タージマハルのあるアグラに立ち寄り、その他にもいくつもの街を経由して晴れてゴアに辿り着いたときには、僕はすでに旅に毒されていた。だから印象としては、目的地だったゴアよりも、到着したばかりの北部の街の方が鮮烈だ。

 以後、他のどの国でも僕は最初のインドの旅を求めたが、当然ながら出会えなかった。それはそうだ、僕はもう「旅」というものを知ってしまったのだから。
 訪問する国が増え、『深夜特急』を読み返し、旅の途中で知り合った友人たちから未知の国の話を聞くほど、僕は不感症になっていった。
 きっともうあの鮮烈な体験は自分の身に訪れない。他人を羨むということは滅多にないが、これからはじめて外の世界を見にいこうという若い人に対しては気持ちがいいくらい嫉妬する。
 少しでも迷っているなら、行くべきだ。目いっぱいの警戒心を胸に抱いて、想像を超える世界を見てきてほしい。