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「プラヴィエクとそのほかの時代」書評 支配者も飲みこむ暮らしの厚み

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月01日
プラヴィエクとそのほかの時代 (東欧の想像力) 著者:オルガ・トカルチュク 出版社:松籟社 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784879843838
発売⽇: 2019/11/01
サイズ: 20cm/367p

プラヴィエクとそのほかの時代 [著]オルガ・トカルチュク

 天使が人々を見守る。死者たちの列が通り過ぎる。森の中を悪い何かがうろつく。けれどもこれは、遠い古代の話ではない。第一次大戦から民主化にいたるポーランドの現代史を、田舎町プラヴィエクの人々が日々見つめ続ける。
 中心にあるのはニェビェスキ家とボスキ家で、家族の歴史が一世紀にわたって語られる。だからガルシア・マルケス『百年の孤独』にも近い。もちろん違いはある。マルケス作品に出て来るのはコロンビアの密林だが、本作の森にはたくさんの茸(きのこ)が生えていて、全ては菌糸で繋がっている。
 それだけではない。もちろん男性も出てくるものの、強い存在感を示すのは女性たちだ。第二次大戦中、ドイツ軍に占領され、次いでソ連軍のロシア人たちがやってくる。支配者が変わるたびに、ユダヤ人たちは虐殺され、圧倒的な暴力で村全体が廃墟と化す。
 それでも女性たちは子どもを産む。女の子なら戦争が終わる徴候だと思う。村人は言う。「みんな娘がほしいわ。もしみながいっせいに女の子を産みはじめたら、世界は平和なのに」
 なかでも印象的なのはクウォスカだ。孤児の彼女は裸足で、農作物を盗み、施しを受け、体まで売って生き延びる。村中の人々に蔑(さげす)まれても、彼女は自分を見下さない。むしろ世界から多くを学びながら、それを自分のなかにしっかり取り入れて成長し続ける。
 ナチスの兵士、異国風の顔をしたソ連軍の青年など、村人たちはやって来たすべての人と関わり、感情を交換し、時に愛すら感じる。何年も謎のゲームに興じ続ける領主や、障害で一生働けない男性など、物語の視点は様々な人物に移り変わる。
 彼らは歴史に名を残さない。だが毎日の生活のなかにも歴史は入り込み、多くの苦悩を与える。普通の人々の暮らしって、こんなに不思議で悲しく、分厚いんだ。本書を読んで小説の新たな可能性を感じた。
    ◇
Olga Tokarczuk 1962年、ポーランド生まれ。2018年、ノーベル文学賞。『逃亡派』で英国ブッカー賞。