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「われらみな食人種(カニバル)」書評 多様な社会示し、思考回路開く

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月01日
われらみな食人種 レヴィ=ストロース随想集 著者:渡辺公三 出版社:創元社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784422390017
発売⽇: 2019/11/19
サイズ: 19cm/255p

われらみな食人種(カニバル) レヴィ=ストロース随想集 [著]クロード・レヴィ=ストロース

 訳者あとがきによれば著者自身による「理想的な〝レヴィ=ストロース入門〟」である。しかし、入門書としてだけ読むのも惜しい。
 日本が世界GDP総額の15%を占めていた1989年発表の「まるであべこべ」では、西洋の思考が遠心的なのに対し日本の思考は求心的であると著者はいう。日本文化独特の曖昧な自我と天皇制や人種的純粋性という強固な体系が「今日手中に収めた成功」をもたらしたという指摘は、その後の日本を考えれば両刃の剣となって刺さってくる。
 「われらみな食人種」では、親族の遺体を食べることで愛情と敬意を示すニューギニア山岳地域の慣習を未開だと感じる「われら」もまた食人種なのだという。人間の脳物質を移植する先端医療技術、飼料に牛骨を混ぜた飼料を牛に食べさせる畜産業。カニバリズムが他人の肉体に由来する一部分を自発的に導き入れることだとしたら、「われら」も食人種に他ならない。気候変動はもちろん、動植物を始め自然との関係改善は今日さらに切迫した問題だが、「われら」にその自覚なくして取り組める問題ではないようにも思う。
 「女性のセクシュアリティと社会の起源」では、女性の地位を高める目的でいかに恣意的に母権社会論や生理学が利用されてきたかを暴く。女性を貶める目的でも同種の理論が裏返しで使われる。「文化が自然に形を与えたのであって、その逆ではない」という著者の指摘は重要で、男性的と言われる建設業分野にも「女性たちの意見をよく聞くといい家ができるんですよ」という大工さんたちの文化があったのである。
 本書では、「未開」と私たちが呼ぶ社会は実は私たちの社会とそれほど遠くない、という言葉が繰り返し語られる。著者の言葉は安直な結論を許さないが、多様な社会のありようを可能態として示し、「かつて存在したこと」に今日的意味を付与し、私たちの思考の回路を開く力を持っている。
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Claude Levi-Strauss 1908~2009。人類学者。著書に『悲しき熱帯』『野生の思考』『神話と意味』など。