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「アレクシアス」書評 愛娘が描くビザンツ皇帝の素顔

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月01日
アレクシアス 著者:アンナ=コムニニ 出版社:悠書館 ジャンル:伝記

ISBN: 9784865820409
発売⽇: 2019/12/07
サイズ: 22cm/563,275p

アレクシアス [著]アンナ=コムニニ

 1071年は東ローマ帝国にとって災禍の年だった。南イタリアをノルマン人の首領、ロベルトに奪われ、アナトリアでセルジューク朝に惨敗したのである。この未曽有の混乱の中でクーデターを敢行し、新しい王朝を開いたのがアレクシアス(アレクシオス1世、在位1081~1118)だった。彼の時代は第1回十字軍の時代でもあり、帝都コンスタンティノープルには多くのラテン人が押し寄せた。興味の尽きないこの時代を書き留めたのが皇帝の愛娘アンナである。彼女の手によるアレクシアスの伝記は、11~12世紀の歴史を語る上で欠くことの出来ない第一級の史料である。それが初めて翻訳され、全文が日本語で読めるようになったのだ。
 東ローマ帝国はビザンツ帝国とも呼ばれるが、彼ら自身はローマ帝国の正統な後継者をもって任じていた。本書でもローマ人、ローマ人の皇帝、ローマ帝国という言葉以外は使われていない。最大の脅威はギリシアに侵攻してきたノルマン人だった。ロベルトと息子ボエモンは難敵で、アレクシアスもギリシア戦役では死地を脱している。後にボエモンは十字軍に加わりアンティオキア公国を建てた。皇帝はノルマン人と戦うためヴェネツィアと結ぶが、見返りに大幅な免税特権を与えた。
 外患ばかりではない。帝国は陰謀の巣窟であり、常に「禍(わざわい)の混合酒が調合」されていたのである。皇帝は力と勇気を駆使して難局に立ち向かい策略を巡らして「変通自在の活躍」を見せる。アンナの筆は父帝への称賛に満ちているが、歴史家としての自覚が客観性を担保した。
 本書には12世紀のヨーロッパを震撼(しんかん)させたキリスト教カタリ派の先駆となった異端のボゴミル派も出てくる。晩年、病に苦しんだ皇帝は皇后の親身な看護を受ける。家族ならではの伝記であろう。本書はビザンツ史に興味を持つ人には垂涎(すいぜん)の一冊となるに違いない。
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 Annae Comnenae 1083~1154/55ごろ。ビザンツ皇帝アレクシオス1世コムニノスの娘。歴史家。