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堀部篤史さんが薦める新刊文庫3冊 すぐれた「観察者」たちの視点から

堀部篤史が薦める文庫この新刊!

  1. 『覗くモーテル 観察日誌』 ゲイ・タリーズ著 白石朗訳 文春文庫 957円
  2. 『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』 ブレイディみかこ著 新潮文庫 649円
  3. 『真鍋博の植物園と昆虫記』 真鍋博著 ちくま文庫 1210円

 (1)参与観察スタイルの取材と主観的な語り口で「ニュージャーナリズム」の旗手となった著者のもとに、ある日怪しげな手紙が届く。窃視趣味が高じてモーテルを一軒購入、経営しながら、屋根裏に仕掛けた覗(のぞ)き穴から利用客たちを覗き見続けた男による詳細な観察記録だった。まるで江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』と『人間椅子』を組みあわせたような奇想天外な話だ。「観察者」と付き合ううち、著者は彼の語り口に不信感を抱き始める。ベトナム負傷兵の哀切な夫婦関係など、アメリカの現実を切り取る貴重な証言であると同時に、読者の存在を前に主観的に綴(つづ)られたフィクションでもあるこの手記は、そのままタリーズらによる「ニュージャーナリズム」と地続きであることに気が付き、ハッとさせられた。本書出版後の顛末(てんまつ)に至るまで驚きに満ちている。なにかを「観察」するには天井の覗き穴のように固定された、特異な視点が必要だ。

 (2)は、英国で保育士として働きながら労働者階級の現実や多様性社会を見つめ続けてきた著者が、一時帰国した際に垣間見た日本社会の現実。日本人は総中流、階級など存在しないという幻想を捨てることからしか、著者の視点に近づくことは出来ない。

 (3)は星新一作品の装画などで知られる未来派イラストレーター、真鍋博が幻視した奇妙な昆虫、植物図鑑。高度経済成長期を過ぎた1970年代の社会を虫や樹木に例えることで、未来が輝きを失い始めた当時の風刺に成功している。=朝日新聞2020年2月1日掲載