1. HOME
  2. インタビュー
  3. 新作映画、もっと楽しむ
  4. 映画「グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~」に出演の緒川たまきさん 太宰治の未完の作に感じた無限の可能性

映画「グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~」に出演の緒川たまきさん 太宰治の未完の作に感じた無限の可能性

文:土田ゆかり 写真:時津剛

神経衰弱ギリギリの女性 演じるのは面白かった

――舞台や映画に出演される前から、原作は読まれていたのですか?

 太宰を夢中になって読んだ時期があって、『グッド・バイ』も読んでいました。のんびりしたテンポと早いスピードが同居している不思議な波紋のある作品ですよね。主人公の田島には10人近くの愛人がいる設定ですが、原作で実際に登場する女性は1人だけです。それでも、その波の波紋が読者に伝わってくるから、ほかの女性の登場の仕方や描写を読者が勝手に頭の中で描いて、続きを想像してしまう。未完にもかかわらず、映画、ドラマ、舞台化とされているのは、想像したものを形にしたくなる魅力があるからでしょうね。今回の映画も、原作の10倍くらいの量が想像で加えられています。でも、太宰がそういう風に書いたかのように感じられると思います。

――映画では、3人の愛人が登場します。自立した女医、若手の挿絵画家、そして緒川さん演じる花屋で働く戦争未亡人の青木保子。小説では美容院で働く「青木さん」が、愛人として登場する唯一の女性です。職業の設定もそうですが、映画の中の青木さんは、小説のイメージとはかなり違いました。

 職業については、終戦から3年後という当時の雰囲気を醸し出す設定として、花屋さんになったようです。キャラクターについては、原作では「青木さんは美容室の勤めだけではやっていけず、田島に生活費の補助をしてもらうが、お金は欲しがらない、そして洗濯もしてくれる」と書かれていて、いわば日本女性の奥ゆかしさを象徴するような女性です。舞台版の青木さんにも、貞淑なイメージがありました。

 ところが、成島監督が描いた青木さん像は、神経衰弱ギリギリで、相手を振り回してしまう、暗いブルースでも歌っていそうな女性。田島役の大泉洋さんが、「一番関わっちゃいけない女性だよね」とおっしゃっていましたが、確かにそうだと思います。相手への愛情のかけ方が深く激しい情念に変わってしまうので、長く付き合えるような人ではありません。でも、演じる上では面白かったですね。

©2019「グッドバイ」フィルムパートナーズ

――緒川さんは、舞台と映画で異なる愛人役を演じられました。舞台版では女医の大櫛加代、映画では青木保子と、まるで逆のキャラクターですよね。

 大櫛さんは、田島との付き合い方を自分で判断して、自分らしさを損なわない凛とした女性です。青木さんは、人を振り回して、同時に自分も振り回される。けれど、出会う人からヒントをもらって、自分の埋もれていた部分に出会える人でもあります。人生がドラマチックで面白いのは青木さんのほうだと思います。

 今回、青木さんという役を演じてみて、改めて小説『グッド・バイ』の無限の可能性を感じました。今後も様々なクリエイターがこの作品を映像化するんじゃないでしょうか。この映画で小池栄子さん演じるキヌ子には、嘘がなく頼り甲斐のある雰囲気があって、とてもチャーミングです。私は、そんな小池さんのキヌ子が大好きですが、でも、ほかの人が演じるキヌ子を観たら観たで、「え、これはキヌ子じゃないよ」とか言いながらも、案外楽しんで観てしまうかもしれませんね。

太宰の描く時代にタイムトラベルしてみたい

――太宰作品を色々読まれたとのことでしたが、特に好きな作品はありますか?

 『斜陽』と『津軽』です。登場人物が今から誰かと会うということを、恐れたり、楽しみにしたり、気まずく思ったりする描写が胸に残っていて、太宰の持つデリケートさが魅力になっている作品だと思います。

 その点、『グッド・バイ』は新しい境地で書かれていて、例えが良くないかもしれませんが、劇画的なところが多分にあると思います。小説の持つ奥深さとは違う次元で勝負しようとしていたんじゃないでしょうか。戦争が終わって、新しい波に乗るんだとウズウズしている人たちを読者として獲得しようとするような野心を感じます。太宰は、1948(昭和23)年に亡くなっています。昔の人のようでいて、そうでもない。生々しく想像できなくもない時代の人ですよね。

 私は、大正時代から昭和初期、戦後にかけての日本の街の様子に興味があるんです。大正ロマンのようなレトロなものが好きです。街を歩いていて、建物が建設された年や再建された年が記されているものを見ると、スッとその当時のことを想像してしまいます。タイムトラベルしてみたいという気持ちは多くの人が持つものだと思いますが、私もそのうちのひとり。ジャック・フィニイのSF小説『ふりだしに戻る』は、ニューヨーク在住の男の人が過去にタイムトラベルする話です。そういった作品を教科書に、いつも別バージョンのタイムトラベルの準備をしています。太宰の描く昭和初期にも、しょっちゅう「トラベル」しています。この映画は、ストーリーだけでなく、昭和モダンな雰囲気も存分に楽しめると思います。映画をきっかけに、また新たなタイムトラベラーを生む可能性もあるかもしれない、なんてことも思っています。

>映画「グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~」のフォト集はこちら