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自分と向き合うことで、その人なりの愛の形が見えてくる PEAVIS&YonYonの「愛」をテーマにした3冊

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

日韓関係が冷え切ってる今こそ言いたいメッセージ

PEAVIS:ヨンちゃんと知り合ったのは、地元・福岡のイベントで共演したのがきっかけですね。「Peace in Vase」を作るちょっと前。その時、自分が所属しているYelladigosというグループの音源を渡したんですよ。そしたら1カ月後くらいに、ヨンちゃんがまた福岡にDJしに来て、その時に「この前の音源をDJでかけたいんですけど、良かったらその時ラップしてくれませんか?」と連絡をもらったんです。話すようになったのは、そのあたりからですね。

>PEAVISの1stアルバム「Peace In Vase」に影響を与えた3冊 インタビュー記事はこちら

YonYon:最近のヒップホップは良くも悪くもファッション的で、歌詞も刹那的な内容が多い。そういうのも嫌いじゃないけど、Yelladigosはもっと自分たちの思想を伝えるような作品だったので、強く印象に残ったんです。結構、音楽をディグる方だけど、私の知らないところで、思想も音楽もカッコいいチームがいるんだなって。

PEAVIS:俺らのグループは社会の問題を提起すると同時にピースマインドの重要性を歌っています。Yelladigosというグループ名は“心が清い黄色い肌の人間”という意味を込めた造語です。“Yella”は、黒人が自分たちのことを“nigga/nigger”と言うように、黄色人種の“Yellow”を言い換えたもの。“digos”は“Indigo”のこと。1970年代にナンシー・アン・タピーが言及したニューエイジの概念である「インディゴチルドレン」という思想からきています。僕らと同じ考えを持ったアーティストって他にもいて、2012年に自殺してしまったCapital Steezというニューヨークのラッパーも、インディゴチルドレンという思想を独自解釈して、拝金主義やマッチョイズムが横行するヒップホップシーンの中で、純粋な気持ちで音楽をやる自分たちのことを“Indigo”と言ったんです。

YonYon:同世代で「Peace & Unity」みたいな感覚をしっかりと作品に落とし込んでいる人は少ないし、PEAVISくんのいる福岡のシーンに興味を持つようになりました。2回目に行った時はPEAVISくんが福岡をいろいろ教えてくれて、いろんな人を紹介してくれました。東京から来た部外者である私にもみんなすごく優しくて。私自身、実は結構人見知りをするタイプなんですが、福岡ではかなり自然体でいられたんです。変に気を張らなくて良いというか。それは東京にはないあたたかさ、むしろ韓国に近い感覚があったのかもしれません。

PEAVIS:そんなこんなで自然と俺のアルバムにも参加してもらうことになりました。あと以前YonYonがインタビューを受けていた、20代ミュージシャンが語る“譲れない価値観” 「YonYonの時代を変える挑戦」という記事を読んで、こんなに素敵な価値観の人がいるのかと思い、フィーチャリングを頼みました。

YonYon:今回PVになった「Beautiful Life」のリリックは、私やPEAVISくんの半生がベースになっています。お互い決して平坦な人生ではなかったけど、乗り越えた先には素晴らしい人生がある、ということを歌ってるんです。その過程で自分自身を愛することを学んでいく必要があるって裏のテーマもあるんだけども。実はこの曲を書いた時、日韓の政治的な関係が今まで以上に冷え切っていた時期だったんです。

PEAVIS:俺はこの曲で、愛には人種も、国境も関係ないってことが言いたかった。だからPVも韓国で撮ったんです。しかも実際に韓国に行ったら、ご飯屋さんのおばちゃんとかもめっちゃ優しくて(笑)。日本語で「ありがとう」って言ってくれたり。本当に愛にあふれててあったかかった。

YonYon:朝鮮半島は歴史的にさまざまな国に占拠されてきました。そして現在は北と南で分断されてる。そのせいか、負けず嫌いなところがあって、確かにちょっとクセのある国民性だと思う。けど悲しい歴史があるからこそ、愛が深いというのも事実で。家族や友達はもちろん、縁をとても大切にする人たちなんです。

PEAVIS ”Beautiful Life” feat. YonYon (Official Video)

愛って求めることじゃなくて、与えること 「100万回生きたねこ」/佐野洋子

PEAVIS:すごく有名な絵本ですよね。小さい頃によく母に読んでもらっていました。でも大人になって何かの機会にたまたま読み返したら、想像以上にすごい内容で驚きました。輪廻転生を繰り返すねこが本当の愛を見つけるというストーリーです。主人公のねこはいろんな飼い主にたくさん愛されていたけど、実はねこ自身は誰も愛してなかったんです。でもある時、一匹の白いねこを好きになってしまう。今までは「100万回生きた」という武勇伝を話せば、メスたちは恋人になろうと近寄ってきた。けど、白いねこは全然興味を示してくれない。気を引こうと贈り物をあげたり、甘い言葉を囁いたりするけど、それも効果がない。そんなことを繰り返していくと、主人公のねこは白いねこと単純に一緒にいたいと思うようになったんです。その思いを打ち明けると白いねこは受け入れてくれました。子供もできて、何年か経ち、寿命で白いねこが先に亡くなった。あまりの悲しさに主人公のねこは100万回泣いて、その後力尽きて二度と生き返らなかった。という話です。

YonYon:本当の愛を描いた絵本ですよね。でも作品の真意は子供の頃は全くわからなかった。

PEAVIS:ラッパーみたいなことをしていると、いろんな女の子が声をかけてくれるんです。クラブでライヴが終わったあととか。「彼氏いるけど今日は一緒に帰ろうよ」みたいな。若い頃はそういうのが楽しいものだと思っていたけど、実際には満たされてなかったですね。

YonYon:結局そういう人たちは表面的な部分しか見てないんですよ。「ラッパー」「ステージに立ってる」「イケてる」みたいなイメージが好きなんです。だから相手が抱えている内面的なものには興味がないし、その時の都合でイケてる風の相手なら誰でもいいみたいな人が、ぶっちゃけ多いように感じます。しかもそれをメディアが「セカンド女子/彼氏」「セフレ」みたいな言葉に収めてるのって、残念だなと思う。だって、「浮気」「不倫」という後ろ暗いイメージをポップに言い換えてるだけだから。それだけで罪悪感が薄れてしまう。そんな言葉が世に広がるのは個人的には好きじゃないです。

PEAVIS:ラッパーは女の子にモテるとクールってイメージがあるけど、いろんな女の子に言い寄られれば悪い気はしない。でも俺の場合、そういう形で出会った人とは、ほとんど長続きしないし、わかり合うのは難しかった。俺自身も自分はすべてがクリーンだとは全く思ってないです。勝手に病んで何度も相手を傷つけたりしました。そんなことを繰り返していたら、だんだん「自分を理解してくれる人はいないのではないか」と感じるようになりました。だからちょっと本末転倒感がありますよね(笑)。『100万回生きたねこ』の主人公みたいなものです。

YonYon:PEAVISくんはいつも優しいし、誰に対しても紳士的だから、いろんな女の子に言い寄られるのはわかる(笑)。でもなんで彼が軽い人間不信のようになってしまったのかと言えば、それは彼の内面と真に向き合ってくれる人がいなかったからかもしれない。片方の人だけ本当の愛を注いでも、もう片方が心から愛してくれなかったら、心の穴は深くなるばかりだよね。愛って求めることじゃなくて、与えること。『100万回生きたねこ』という絵本の本質はまさにそこだと思うな。

あんた、愛は与えたら減ると思ってない? 「愛するということ 新訳版」/エーリッヒ・フロム

YonYon:私が持ってきたのは『100万回生きたねこ』のテーマを具体的に説明したような本です(笑)。この本を見つけたのは偶然。今回の取材のテーマが「愛」だったので、なんとなく本屋さんに行ったら、タイトルが気になって買ってみました。メインのテーマは、愛することとは自らの意志で行うことであり、「誰を愛せるのか」「愛せる人にどうやって出会えるか」ということではなく、そもそも「愛する」という信念を自分の内なるところから持つことができるかどうか、その方法論について説かれています。愛されたいのであれば、まず自分がその人を愛せなければならない。つまり、誰かに依存するのではなく、自分自身が自立し、誰かに何かを与えられる存在にならなければならない。そして自分と向き合う過程の中で、自分を信じる勇気や覚悟が必要である、とフロムは説く。そして「求めるために与えるのではない」というのは繰り返し言ってましたね。愛とは信じること。自分自身とそして相手のことも全部。

PEAVIS:同じようなことを福岡のクラブでAwichさんに言われたことある(笑)。その時初対面だったんですよ。共通の知人がいて、その人が冗談っぽく「こいつ彼女と別れそうなんです」みたいなことを言ったんですね。そしたら、Awichさんは覚えてないかもしれないけど、俺の顔をまじまじと見て、「あんた、愛は与えたら減ると思ってない? 愛は無限に湧き出てくるもので、与えても減らないんだよ。求めるばかりじゃダメ。愛は与えるもの」って。きっとその時の俺は『100万回生きたねこ』の本質なんてわかってなかったんだと思う。

YonYon:Awichさん、ハンパないね(笑)。でもね、この本にも、「愛する」とは自分の中に息づいているものを与えることだって書かれてたよ。息づいているものっていうのは、喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど自分の中にあるあらゆる表現のこと。本当に好きな人がいたら常に自分の持っているもの全てを共有したいと思うし、その人の為ならやれることは全部やってあげたいと思うかなって。

PEAVIS:男女の愛は、お互いに付属してるものでいろいろ判断しがちだよね。年収とか有名人かどうかとか、顔がかっこいいとか。でもきっとその本が言ってる「愛する」こととは、親が子に与える愛みたいなもの。無償の愛。そして本来、それは男女間でも成立することなんだろうね。

YonYon:その感覚って実際に体験しないとわからないよね。

PEAVIS:でも俺は人生の中で一度も愛されない人なんていないと思う。例えば、両親とか、友達とか。愛を与えられてるのにも関わらず、それに気づかないから、求めるばかりになっちゃってるような気がする。ただ男女間の愛が他と決定的に違うのは、肉体関係の有無。母性愛もお母さんは自分のお腹を痛めて産んでるから、すこし近い部分はあるのかな。愛という意味ではすべて同じものではあると思うけど、男女間ではセックスする分、感覚としての近さが他とは明確に違う。ヒップホップにはビッチに関する曲がいっぱいあるけど、たくさん女を抱いてる俺すごい、とかそういう価値観はしょうもないと思ってしまう。一人の人を心から長く愛せたらそれが一番の幸せだと思います。自分が与えたいと思えるくらい素敵な人と出会って、愛せるってほんと奇跡に近いから。

YonYon:今の世の中って、本質的な愛を感じづらくなってるから、そういう曲ばっかりだとみんな余計に「愛って何?」みたくなっちゃいそう。しかも愛には正解があるわけじゃないから。別に色んな人と関係を持つのが好きな人はそうすればいいと思う。けど、私はPEAVISくんの言ってることにすごく共感するな。

趣味の時間やちょっとした会話をする時間は無駄なの? 「モモ」/ミヒャエル・エンデ

YonYon:これはDJの後輩に薦められた本です。いわゆる児童書ですね。とある町の外れにある円形劇場にモモという名前の少女が住み着くんです。彼女には家がないんですよ。モモちゃんは不思議な子で、なぜか町のみんなが彼女のことを気にかけるんです。しかもモモちゃんと話すと、ちょっと幸せな気持ちになったり、悩み事の答えが見つかったり、ポジティヴなことがいっぱい起こる。だけど、そんな町に灰色の男たちが現れると、状況が変わります。「業務的な時間(仕事)以外のところで自分の時間を楽しむことなんて無駄だ。その分働いて時間を節約して、時間銀行にあなたの時間を貯金をすれば、その分自分の将来が豊かになる」って言うんです。

PEAVIS:完全に現代と同じですよね(笑)。

YonYon:町の人たちはどんどん灰色の男たちに洗脳されてしまうんです。子供と過ごす時間、趣味の時間、お客さんとのちょっとした会話をする時間。そういったものを、灰色の男たちはどんどんカットして、合理的な社会を作ろうとするんです。それは灰色の男たち曰く「無駄のない人生」なんだそうです。物語は最終的にモモちゃんが灰色の男たちをやっつけて、みんなが忘れていた本当の幸せを取り戻し、ハッピーエンドになるんですけど、灰色の男たちが無駄のない人生を推奨するのは、私たちが生きる現代そのものだと思ったんです。自分にとっての大事な時間とは何かを考えることすら忘れてるというか。

PEAVIS:その話、小さい頃のことを思い出すな。うちの母は小さい頃めちゃくちゃ貧乏だったらしいんですよ。その反動で、俺に良い職につかせたくて、小さい頃から毎日何かしらの習い事をさせられていたんです。塾、水泳、そろばん、ピアノ、サッカーみたいな(笑)。母は「将来のため」って言ってたけど、結局どれも身に付かなかった。それこそ灰色の男が言う「将来の貯蓄のため」という言葉にとらわれていたんだと思いますね。毎日いろんなことを詰め込まれるのが嫌すぎて、ヤンキーの友達とサボっては遊ぶようになった。それで中学生の時、ヒップホップと出会うんです。生まれて初めて自分からやりたいと思った。誰に強制されるわけでもなく、自然とリリックを書き始めました。

YonYon:『モモ』の中でも特に衝撃を受けたのが、忙しくなった人の感覚を描いたシーンです。「何に対しても関心がなくなってきて、面白みも感じなくなる。この無気力はそのうち消えるどころか、少しずつ激しくなっていく。心の中はますます空っぽになり、相手に対しても、自分の中に対しても不満が募ってくる。そのうち、そういう感情すらなくなって、何も感じなくなってしまう。世の中は自分と何も関わりがないと思ってくる。そこまでくると人は物も人も愛することはできない」って。これは私自身も実感としてすごくわかると思いました。『モモ』は小学5~6年生向けの本ですけど、ストレスだらけの現代社会の真をあまりに正確に捉えていて、初めて読んだ時は言葉を失いました。

PEAVIS:忙しいって本当に怖いんですよ。目的に向かっている忙しさならいいんだけど、今ヨンちゃんが言ったような状況になると、自分が何者かがわからなくなる。例えば、毎日みんな働いていると思うけど、自分が本当に好きでやってる仕事をやれている人は少ないと思う。今の世の中お金が全てだからしょうがないと思う部分もあるけど、例え収入が少なかったとしても、好きなことを仕事にしている人は幸せだなと思う。

ここまで「愛」をテーマに本の内容と絡めながらいろいろ話してきたけど、結局のところ一番大事なのは、自分と向き合うところ。僕は「Peace in Vase」を作る過程でそれをすることができた。父の不在という幼少期のトラウマは思い出すことも嫌だったけど、しっかり向き合ったことで自分が何者であるのか、少しだけわかるようになった。でも自分と向き合うことって、すごく大変で辛い作業だから、例えば仕事で忙しかったりすると、現実にのまれて後回しにしてしまう。けど、自分がどういうやつなのかを知って、自分を愛することができないと他の人を心から愛するなんてできないと思う。だからこそ、痛みも含めてちゃんと自分と向き合うべきだと僕は思います。

YonYon:例えばそれは自分の気持ちをメモに書き出すとかでもいいんだよね。そうやって考えをアウトプットさせるのが大事。あと日常生活でもできることはある。例えば、私は昔から自分の意見を殺すくせがあるんです。本当は嫌なことも、相手の顔色を見たり、状況に合わせたりして、自分の意見を曲げてしまう。でも最近は自分に素直になって意見を言う努力をしています。相手に思いやりを持って、本音を伝えられるように。なかなか難しいことなんだけど。

PEAVIS:本音を言うことって大事だからね。言わないと相手には自分の気持ちは伝わらない。俺は自分を相手に合わせることを愛だとは思わない。それは単に相手と向き合ってないだけ。もちろんぶつかることもあるし、それで悩むこともあるけど、自分の感覚を大事にすべきじゃないかな。好き勝手にやりたい放題とか、わがままみたいな意味じゃなくて。まずは、自分のことを愛せるような偽りのない「本当の自分」になれたら、愛を与えてくれる人も自然と現れてくるはず。

YonYon:うん。そこから新しい何かが生まれることもあるしね。

PEAVIS:自分に素直に生きてるとだんだん自分が何者かわかってくる。そしたらそれぞれの「愛」の形もわかってくるんじゃないかな?