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かとうあじゅさんの絵本「じっちょりんのあるくみち」 小さな幸せを運んできてくれる、不思議な生き物

文:澤田聡子

歯磨きしながら思い付いた“小さな幸せ”を運ぶ生き物

——数ミリに満たない体に虫のような触角、小さな謎の生き物の名前は「じっちょりん」。パパ、ママ、兄、妹の4人家族で、どんぐりの帽子で作った「たねかばん」を背負い、「コンクリートのみち」や「かべのちいさななすきまのなか」に種を植えて回っている。かとうあじゅさんの絵本『じっちょりんのあるくみち』に登場する、なんとも不思議でユーモラスなキャラクターは、どのように誕生したのか。

『じっちょりんのあるくみち』(文溪堂)より

 「じっちょりん」を最初に思い付いたのは、朝に歯磨きをしていたとき。5分くらいの間に、最初から最後までストーリーがさあっと思い浮かんだんです。当時はまだ働きながら、絵本制作のワークショップ「あとさき塾」に通っていたんですが、1年かけて試行錯誤していた絵本がなかなか思うように進まず、いったんリセットして新しいものを作ろうと考えていた時期でした。

 昔から「小さなもの」が好きだったり、人目にはつかないけれど、コツコツ頑張るような職業が好きだったり……そうした「好きなもの」のかけらが、無心になったときにアイデアとして出てきたのかもしれない。人々の身近なところで、小さな幸せを運んできてくれるような生き物がいたら面白いなと思ったのがはじめです。

 「じっちょりんって何ですか?」とよく聞かれるんですけど、妖精でも虫でもこびとでもなくて「じっちょりん」という生き物です。小さい人間みたいな、アリみたいな、蜂みたいな、お花みたいな……いろんな生き物の要素が入っています。ラフを描いていたときは、体に羽根を付けていたり、種を入れるポケットがあったりしましたが、いろいろ削ぎ落として最終的にシンプルな姿になりました。小さい生き物がちょろちょろしているところから、最初に呼んでいた名前は「ちっちょりん」。制作を進めるうちに、「じっちょりんのほうが言いやすいかな」と気付いて、「じっちょりん」に変えました。

人間たちが営むリアルな日常と共存する「じっちょりん」

——おおいぬのふぐり、かたばみ、ながみひなげし、たちつぼすみれ……。絵本には、街で見かける草花たちが、たくさん描かれている。絵の脇にさりげなく草花の名前が書き込まれているのも、ちょっとした図鑑のようで楽しい。

『じっちょりんのあるくみち』(文溪堂)より

 初期のラフでは、『はなのむらのじっちょりん』というタイトルで、もっとファンタジーの要素が強かったんです。なかなか世界観が定まらなくて、何十パターンボツにしたか分からないほど、ラフを描き直しました。でも自分で考えついた生き物の世界を練り上げていくうちに、人間も動物も植物もその営みは同じだな、と感じるようになったんです。そんなとき『じっちょりんのあるくみち』というタイトルが思い浮かんで、絵本の方向性が定まりました。

 じっちょりんたちが歩くのは私たち人間が暮らす街。種をまくのは、道端やコンクリートのすき間です。初期の制作段階では、架空の「はなのむら」で傘や歯ブラシの形をした植物も描いていたんですが、やっぱり街なかにある実在の草花を表現したいと思った。コンクリートや、石垣、ビルがあるようなグレーの街並みに小さくポツポツと咲いているお花のイメージが浮かんで、それを描きたくなりました。

 「実在の草花を出そう」と決めてからは、図鑑や資料を集め、お目当ての植物をひたすら探す日々。当時は会社勤めをしていたので、通勤中に観察することが多かったですね。ようやく「あった!」って見つけたときは本当にうれしかった。夢中になって道端にしゃがみこんで写真を撮っていたら、「そこに何かあるんですか?」と声をかけられたこともよくありました(笑)。

 絵を描くときに気を付けたのは、ファンタジーと日常の描写のバランス。数ミリに満たない小さな生き物と人間を同じ画面に描くのがとても難しくて。それを補うために、草花や道などを丁寧に描いたり、読者が身近に感じられるような街並みを意識したり、じっちょりんの存在がリアルに感じられるように工夫しました。思い入れのあるページは、じっちょりんたちが言うところの「トンネル」、道路の脇に置かれている段差プレートの中に入るシーンです。ここは自分が入れない場所だし、のぞいても見えないので、段ボールで模型を作ってみて想像しながら描きました。自分の中でもターニングポイントとなったページですね。

『じっちょりんのあるくみち』(文溪堂)より

——小さなころから「絵本が大好きだった」というかとうさん。自分が子どものころ、お気に入りだった絵本を3歳の娘さんに読み聞かせしているときに、「時代を超える絵本のすばらしさ」を感じるという。

 子どものころ、母親がたくさん絵本を読んでくれたのを覚えています。大好きだったのは『おおきなおおきな おいも』(福音館書店)。娘にも読んであげているんですが、今あるのは私が昔読んでいたお下がりなんです。親子二代にわたって、同じ絵本に楽しませてもらっている。世代を超えて読み継がれる絵本の普遍性を感じながら、自分もそういう絵本を作りたいと思うようになりました。

 絵本に入れた私のプロフィールに「幼いころの絵本が好きな気持ちのまま現在に至る」とあるんですが、本当にその思いは変わらなくて。子どものころに作った絵本があるんですけど、タイトルは『こびとのこっちゃん』。人間の世界を旅するこびとが街に出て、ゴミ箱に入ってしまうんですが、中にマッチが入っていて「火事だー!」。大変なことになり、入院してしまうという(笑)。昔から「小さいもの」が好きだったので、「じっちょりん」にもつながるおはなしかもしれませんね。

 出産してからはしばらく子育てに専念していたんですが、子どもってわくわくすることや感動すること、おしゃべりや行動にも毎日いろんな発見があって、存在そのものが絵本みたい。子どもと真剣に遊ぶことで、自分の幼少期を思い出しながら、絵本作りのヒントをもらっています。これから徐々に絵本制作に復帰する予定なんですが、いろんなジャンル、いろんなアイデアを試したい。子どもを取り巻く世界がどんなに変わっても、変わらずに読み続けてもらえるような、そんな絵本を作っていきたいと思っています。