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詩人・関口涼子さん「カタストロフ前夜」 パリで見つめた大震災、自著を邦訳

関口涼子さん

 パリ在住の詩人・関口涼子さんが、東日本大震災直後に海外から日本を見つめたエッセー集『カタストロフ前夜』(明石書店)を出した。震災を受けてフランス語で書きつけた文章を自ら日本語に訳した。

 冒頭の「これは偶然ではない」は、震災翌日から書き始めた日記形式の文章。日本にいる家族と連絡がとれない焦りや、刻一刻と明らかになる事態の深刻さを遠くで見守るしかない無力感。「詩が書けなくなった」。4月末までの2カ月弱、美文を排し、記録に徹した。

 「近親者が死んだのに笑っている」「感情がない」。フランス社会でよみがえった日本人へのクリシェ(決まり文句)に警鐘を鳴らす意味もあり、フランス語で書いた。同国では3編別々に発表されたエッセーを、日本版では1冊にまとめた。

 断章「声は現れる」では死者と時制について思索する。留守番電話やラジオ録音に残された死者の声は、過去にあるはずの声が、現在を生きる私たちの鼓膜にじかに触れる〈もう、ここにいない人の、部分的で容赦ない現れ〉。「亡霊食」では、放射能で汚染されていく土地と食について思いを巡らせた。

 外国語であるフランス語は、「身体的な距離」がある。だからこそ母国語ではタブーを感じやすいテーマに向き合えたと感じる。日本語にするのはためらいもあったが、あれから9年後に自ら訳す中で、多くの記憶が風化していることにも気がついた。「今日がいつも別のカタストロフ(惨事)の前夜だと意識することは、地球上の他の地域で起きているカタストロフに意識的になるということでもある」(板垣麻衣子)=朝日新聞2020年3月11日掲載