1. HOME
  2. コラム
  3. 文庫この新刊!
  4. 山田航さんが薦める新刊文庫3冊 他者の日常を知るための旅

山田航さんが薦める新刊文庫3冊 他者の日常を知るための旅

山田航が薦める文庫この新刊!

  1. 『どこでもいいからどこかへ行きたい』 pha著 幻冬舎文庫 660円
  2. 『折口信夫伝 その思想と学問』 岡野弘彦著 ちくま学芸文庫 1760円
  3. 『日々是口実』 土屋賢二著 文春文庫 693円

 (1)は今までにないタイプの旅行エッセイ。「意味もなく一人でビジネスホテルに泊まって普段通りに過ごす」「店員との会話を避けたいのでチェーン店が好き」など、旅先でとにかく冒険をしない。『孤独のグルメ』の旅行版を目指して書いたとのことだが、むしろ施川ユウキ『鬱(うつ)ごはん』の旅行版に近い。どこにでもあるような普通の街に行って、駅前の商業ビルを眺めてみたり、もし自分がその街で生活していたらというシミュレーションをするのが好きらしい。非日常を求めるのではなく、他者の日常を知るための旅。決して読者に共感を求めているわけではない。しかし、旅のあり方の多様性に改めて驚かされる一冊だ。

 (2)は国文学者・折口信夫の評伝。著者は生前の本人を知り、生活をともにしたこともある歌人。「人間・折口」の実像を通してその思想に迫る。著者が明かした折口のコカイン常習は後世に文壇ゴシップのように紹介されることが増えたが、「折口学」を幻覚の果てにたどり着いた神秘主義であるかのように短絡する発想は明確に否定されている。

 (3)は哲学者のユーモアエッセイ。本が苦手な子どもだった私が初めて「著者買い」したエッセイが今も続いているのは嬉(うれ)しいことだ。文章だけでキレキレにボケる技術は今なお失われていない。解説を実弟が書いているのだが、同じ文体である。誰でも真似(まね)のできる文体なのか? それとも、この本の全てが壮大な虚構の上に成り立っているのか? そういう楽しみ方もできる。=朝日新聞2020年3月21日掲載