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“黒手塚”の問題作「奇子」を現代に! 手塚治虫・九部玖凛「亜夜子」(第112回)

 3月5日、手塚治虫の生誕90周年を記念して月刊ペースで全18号を刊行する「テヅコミ」(マイクロマガジン社)の最終号が発売された。手塚を敬愛する現役のマンガ家たちが手塚作品のリメークに挑むという興味深い試みだった。今回はその中から『亜夜子』(九部玖凛)を取り上げたい。

 原作はあの『奇子(あやこ)』――。戦後間もない青森県の旧家で22年間幽閉されて育った美女・奇子を中心に、殺人や近親相姦が頻出する陰湿な物語だ。『火の鳥』や『ブッダ』と違って小中学校の図書室には絶対に置かれない“黒手塚”を代表する問題作であり、膨大な手塚作品の中でも「最もエロい」といって過言ではないだろう。「ビッグコミック」(小学館)で連載された1972年から73年といえば『ブラック・ジャック』の発表前夜。少年誌から声がかからず、虫プロが倒産する「手塚の暗黒時代」として知られる。しかし、それは少年マンガ家としての暗黒時代に過ぎず、大人向けに描かれた『奇子』がまがまがしい輝きを放つ傑作であることはまちがいない。

 一方、『亜夜子』の舞台は現代の茨城県。首都圏三環状道路プロジェクトにかかわる土地買収をめぐり、怪しげな人物たちが暗躍するサスペンスとなっている。天外(てんげ)家が400年続いた大地主という設定は同じだが、当主の作右衛門は剛毅、長男の市朗(いちろう)は一馬、次男の仁朗(じろう)は仁、長女の志子(なおこ)は菜々子、三男の伺朗(しろう)は恭司朗、そして末娘の奇子は亜夜子に変わっている。天外家以外の登場人物はおおむね原作通りの名前で出てくるが、刑事の下田(げた)が須利葉(すりば)になっているのは時代を感じさせていい。
 変わったのは名前だけではない。仁朗はGHQの工作員だったが、仁は政治家秘書・金城の手駒。『奇子』のお涼は知的障害のある娘だったが、『亜夜子』では健気な美少女になっていて仁(仁朗)との関係も全然違う。お涼と並んで原作と大きく異なるのは恭司朗(伺朗)だろう。伺朗は利発で正義心の強い少年だったが、恭司朗は小学生のうちからまったく可愛らしさのない変質者じみた陰キャだ。仁が上からの命令で江野の殺人に関わり、それが原因で幼い亜夜子が土蔵に閉じ込められるのは同じだが、幽閉期間は大幅に短い。14歳になった亜夜子が仁からスマホをプレゼントされ、ネットゲームにハマるようになるという大胆な改変には驚いた。

 絵柄は実に端麗で、ストーリーも現代に合わせてよく工夫されている。背景におなじみの手塚キャラが頻繁に顔を出すお遊びも楽しい。第2巻の最後で、町に出た亜夜子は7年ぶりに仁と再会。ここからどのように物語がしめくくられるのか、最終巻となる第3巻の発売が待ち遠しくなる。
 ひとつ引っかかるのは亜夜子の個性が弱いこと。入浴シーンなども多いのだが、外界と隔絶されて育ち、性に関するタブーをまったく持たない奇子の“無垢な魔性”はすっかり消えてしまっている。よくよく考えた結果だとは思うが、やはりスマホは与えなかったほうが良かったのでは……。