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「ぴえん」の奥にある声 湊かなえ

 高校を卒業したばかりの娘曰(いわ)く、「ぴえん」なのだそうです。悲しい気持ちを表す若者言葉だということは知っていましたが、私自身は使ったことがありません。

 娘の「ぴえん」の理由は、新型コロナウイルスの影響による、卒業旅行のキャンセルや、ようやく抽選に当たったライブの中止などです。残念な気持ちはわかりますが、悲観するようなことではありません。

 全国の学校で卒業式が中止になったり、卒業生のみ参加の短縮式次第で行われたりしている中、娘の高校は卒業式が2月だったため、在校生や保護者も参加できる通常の式次第で行われました。3月はもともと長い春休み期間、日常生活への支障はほとんどありません。

 そんな話をしたところ、だからこそ「ぴえん」が最適なのだと言われました。深刻なことではないとわかっていても、残念で悲しい気持ちを言葉にせずにはいられない。笑い泣きのような気持ちで。

 私も今年は趣味を満喫しようと、大阪で上演予定のミュージカルのチケットを2件分購入していたのですが、どちらも中止になってしまいました。この程度のことで愚痴をこぼしてはいけないと黙って我慢していましたが、「ぴえん」と口に出してみれば、なるほどこういうことか、と腑(ふ)に落ちました。

 ネットを検索すれば、「ぴえん」の声は溢(あふ)れています。仲間を見つけた気分になり、「私も聴きたかったよ、その歌」などと、パソコン画面に向かって頷(うなず)いたりもしていました。我慢しているのは自分だけじゃない、と気持ちも休まります。

 しかし、政治家の方々には「ぴえん」の奥にある、本当に救済が必要な人たちの声を拾い上げていただきたいと願っています。「ぴえん」は足の届く浅瀬で騒いでいるようなもの。もっと深い所で溺れかけている人が見過ごされないためにも、「ぴえん」の声をネットの波にのせないことも、今は必要なのではないかと、自戒している最中です。=朝日新聞2020年3月25日掲載

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