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辛島デイヴィッドさんが薦める新刊文庫3冊 ノーベル賞作家による「疫病小説」

辛島デイヴィッドが薦める文庫この新刊!

  1. 『浮遊霊ブラジル』 津村記久子著 文春文庫 726円
  2. 『意識のリボン』 綿矢りさ著 集英社文庫 550円
  3. 『白の闇』 ジョゼ・サラマーゴ著 雨沢泰訳 河出文庫 1430円

 (1)花粉症だったり、インフルエンザだったり、死んでたり。ただでさえちょっとしんどい状況なのに、アフターアワーに鬼からLINEで悩み相談が来たり、浮遊霊なのに人から人へと乗り移らないと長距離移動ができなかったりと、そこに大小の困難がたたみかけてくる。志望校に落ちた浪人生から「物語消費しすぎ地獄」に落ちた小説家まで、ノーナンセンスな登場人物たちが奮闘する姿は心にも腹筋にも響く。実に痛快な短編集。

 (2)少しスリリングな展開を楽しめるものからひとつのコンセプトを軸に軽快に語られるエッセイ風の作品まで、短編小説の可能性を最大限に生かした作品集。8編中7編は女性によって語られ、姉妹、母娘、友人関係が様々な角度から描かれる。どの作品も語り手の内なる声がビビッドに響くが、特に「怒りの漂白剤」では独り語りの熱量は一挙に増し、巻末に置かれた表題作では、自由な展開とドライブ感のある語りが絶妙にマッチし、読者を独特な物語世界へ引き込む。

 (3)カミュの『ペスト』と並ぶ、ノーベル賞受賞作家による傑作「疫病小説」。視界がまっ白になる原因不明の感染症がある街を襲う。政府は感染者たちを非人道的な形で隔離するが、感染拡大とパニックは収まらない。窮地に立たされた時、人はどのような行動に出るのか。他者への想像力を保てるのか。静かなユーモア、人間味あふれる登場人物、そしてリズミカルな文体が目を背けたくなるような場面をも読ませる。=朝日新聞2020年3月28日掲載