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「晴れの日散歩」書評 優しく鋭く 時の流れを慈しむ

評者: 押切もえ / 朝⽇新聞掲載:2020年04月04日
晴れの日散歩 著者:角田 光代 出版社:オレンジページ ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784865933505
発売⽇:
サイズ: 19cm/205p

晴れの日散歩 [著]角田光代

 昔から角田光代さんの小説が好きで、とくに、『対岸の彼女』や『八日目の蝉』、『紙の月』は何度も読み返した。社会への問いを投げかけるようなテーマから、人間の情や業や欲、ささやかだけれど、あたたかな愛に気づかせてくれる作品が多いのがその理由だ。長い間、自分の心の中で出口を見つけられなかった感情が、読後にすっと整理され、胸の奥があたたまるような感覚になったことも数え切れないほどあった。
 小説の中では目を背けたくなるような人の感情を鋭く切り出す角田さんだが、このエッセイに登場するご本人は、道に迷ったり、何度もお酒で失敗をしたり、愛猫への思いを熱く語ったり、と親しみやすさでいっぱい。以前、熱望が叶って角田さんと対談させていただいたことがあるけれど、その時のご本人も終始朗らかな雰囲気だった。「私は社会に対する怒りを描いているんです!」と強くおっしゃる姿までもがなんとも可愛らしく、周りのスタッフの皆さんが揃ってにこやかに頷いていたのをよく覚えている。
 この一冊にも、そんな角田さんの人柄や優しさ、小説にも通じる鋭い視点や切り取り方が詰まっている。
 人生の優先事項を考えたときに「面倒ではないこと」が上位にくると断言するところや、凄まじい種類のモノが並ぶホームセンターをさまよった後の、自身にとっての「『なんでもある』は『なんにもない』とはてしなく同義」という言葉には強く共感したし、「好きな映画は?」と聞かれた際、みなが自分の好きな映画の中の一番かっこいい作品を用意していて、本当に好きな「裏一作」はまた別にあるという推察には苦笑させられた。
 著者が「些末な一日」という日々の中に時の流れを慈しむ様子が伝わってきて、読後、自分は生活の中で心動かされることを見過ごしていないだろうか、と振り返るきっかけをもらう一冊だ。
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かくた・みつよ 1967年生まれ。作家。『ロック母』『私のなかの彼女』『坂の途中の家』など著書多数。