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ふしみみさをさんの翻訳絵本「うんちっち」 下品と敬遠しないで。大人も子どもも心の底から笑える日常を

文:日下淳子、写真は本人提供

大人も子どもも思わず笑っちゃう! ストレートな楽しさ

――伏見操さんの翻訳する絵本は、いつもユーモアにあふれている。ただひとつの言葉しか言わなくなってしまったうさぎの子、シモンの話もそのひとつ。その言葉とは「うんちっち」。ご飯を食べても、お風呂に入っても、変わらず「うんちっち」。本気なのか、いたずらなのか、シモンにしかわからないこのルール。そんなシモンがおおかみに食べられたら……。大人も子どもも思わず笑ってしまう『うんちっち』(あすなろ書房)は、ステファニー・ブレイクさんが描いた絵本。伏見さんが、これはおもしろいと思ってフランスまで会いに行き、出版まで漕ぎつけた本だ。

 気持ちが鬱々としているときは、笑うのが一番いいと思うんです。悲しいときも、なぐさめられるより、笑い合える方がいい。ステファニーの本は、本当にあっけらかんと人を笑わせてくれる本なんです。『うんちっち』は言葉の印象から、下品とか不真面目とか言われるんですけど、そうじゃない。もうタイトルを見ただけで、子どもの心をつかんでしまう表紙でしょ? そして、ずっと笑いながらお話が進んでいきます。汚いことは出てこないのですが、普段「言っちゃダメ」と言われている言葉が何度も繰り返し出てくるので、それだけでストレートにおもしろいんですよね。

『うんちっち』(あすなろ書房)より

「パパ's絵本プロジェクト」の方をはじめ、読み聞かせをしている男性にもよく読んでいただいています。この本を読むと、間違いなく子どもの心をつかめると、定番にしてくださっているようです。

――ただゲテモノが出てくる、というだけでは、子どもはすぐに飽きてしまう。外国の絵本は特に、言葉の向こうにある文化や色の感じ方が日本とは少し異なる。伏見さんは、言葉にリズム感があること、どんどん次を読みたくなるような流れがあること、絵の魅力を活かすことなどを意識しながら翻訳している。

 原題は『カカ・ブーダン』といって、カカ=うんち、ブーダン=黒いソーセージの意味。「なんだよ!」とか「ちえっ!」みたいなニュアンスで子どもが使う言葉です。邦題をつけるとき、何か音のいい言葉を探していて、ちょうど友達のお母さんが赤ちゃんのオムツ替えをしていたとき「うんちっち、替えようね」と言ったんですよね。「これだ!」と思って採用させてもらいました。

 その国独特に言い回しを、いかに日本人にしっくりくる形で翻訳するかということには、すごく時間をかけています。わざとおかしな単語で韻をふませているものなど、そのまま日本語に訳すと唐突感がすごいんです。それで、七五調に替えてみたりして。意味がわからなくても、かっこ書きで説明なんてしたら、せっかくの絵本の流れが切れてしまうでしょう。絵本は声に出すのが特徴なので、ものすごく音やリズムには気を使っています。フランス語を日本語に訳すと、日本語の訳文ほうが原文より長くなりがちなので、短くても伝わりやすく、発音に流れがある、一番いい言葉を考えますね。

作家に会いに行ったときの思わぬハプニング

――フリーの翻訳者になりたてのころ、海外の好きな作家さんたちに手紙を書いて、会いに行ったことがあるという伏見さん。作者のステファニーさんに会いに行ったときは、1回目は待ち合わせのホテルで出会えず、2回目はなんと会う直前に、伏見さんが犬のふん(まさにうんちっち)を踏んでしまうという災難に見舞われた。

 1回目に会えなかったので、アトリエに行くまで緊張していたんですよ。それなのに、地下鉄を出た途端に、特大の犬のふんを踏んでしまって。ああ、靴が匂うんじゃないかと考えていたら、ステファニーの話が全然耳に入ってこなかったのを覚えています。ステファニーは背の高いきれいな人で、話しているうちに打ち解けてきて、私のことも励ましてくれました。子だくさんのお母さんで、女性らしさと少年っぽいところが混在したおもしろい女性でした。後日、ステファニーは私に『うんちっち』人形を作ってくれたんですよ。手作り感はすごいんですけど、それが本当に味があって、嬉しかったですね。

 『うんちっち』の続編で、私が日本で翻訳したものに『あっ、オオカミだ!』と『ちびちっち』(いずれもあすなろ書房)があります。同じく、主人公のシモンのお話で、お母さんやお父さんにあれこれ言われると「あっ、オオカミだ!」と叫んで逃げては、やりたい放題。下の子が生まれても、あの「ちびちっち」はいつまでいるのかと悪態をつきます。私は、あんまり教育的なのは選ばないんですよ(笑)。でもシモンを取り巻く家族は温かくて、そして最後のオチに笑ってしまう、楽しい本です。

伏見さんの仕事場には、会いに行った作家さんたちの作品も飾られている

 いま世界中に感染症の不安が広がって大変なときですが、お母さん、お父さんとこれだけ一緒にいる機会もなかなかないと思います。逆に一緒に過ごす時間が、楽しい習慣として残っていったらいいなと思っています。絵本って子どものだけのものじゃなくて、0歳から100歳まで、誰でも読める本だと思うんです。複雑なことがわからない子どもの方に合わせて描いてあるだけで、誰にとってもおもしろい。みんなが楽しくなって心の底から笑える本を、これからも届けていきたいなと思っています。