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東へ西へ、そぞろ歩いて出くわす恐怖 物語の中の町歩きを楽しむ小説4編

文:朝宮運河

 のんびり町を散歩するのもままならない今日この頃。そこで今月の怪奇幻想時評では、“物語の中の町歩き”を楽しんでいただこう。

 まずは小説家としても翻訳家としても、電子書籍レーベルの主宰者としても大活躍中の西崎憲の最新作品集『未知の鳥類がやってくるまで』(筑摩書房)から。空から子どもや動物の列が忽然と現れどこかへと消えてゆく「行列(プロセッション)」、木箱を肌身離さず持ち歩いている男にまつわる思い出「箱」など、10編の奇妙な物語を収めている。心の深いところに冷たい指で触れられたような、端正にして不穏な筆致が好ましい。
 中でも注目は「おまえ知ってるか、東京の紀伊國屋を大きい順に結ぶと北斗七星になるって」という長い長いタイトルの短編。巨大地震によって廃墟と化した東京。主人公の僕は、やたらに博識な同級生ヒムカと親しくなる。やがて二人は地図上に現れた北斗七星の先にある〈北極星〉を目指し、渋谷へと向かうのだが……。人通りの少なくなった東京の街を、彼らはあえて〈目標の手前からのんびりと〉歩いてゆく。そんな行為がちょっと羨ましく感じられる、美しいイメージに溢れた小説だ。

 柴崎友香『かわうそ堀怪談見習い』(角川文庫)は著者初の怪談集で、2017年に刊行された作品の文庫版。主人公の作家は恋愛小説と呼ばれるものを書いていながら、恋愛にあまり興味がないことに気づき、怪談を書いてみようと思い立つ。怪奇現象に縁のない彼女は、その手の話に詳しい元同級生たまみと再会、取材を進めてゆく。
 主人公のプロフィールが著者自身のそれと重なる本書は、フィクションながら実話に近い味わいだ。収録されたエピソードも、何度も消えてしまう読みかけの本、夜道で見かけたボールに足が生えたような生きもの、留守番電話に録音された知らない人たちの話し声……と日常と隣合わせにある、ささやかな恐怖を描いたものばかり。創作と実話の狭間を縫うような、愉快にして怪しい物語を楽しみたい。
 なお主人公が暮らす〈かわうそ堀〉は、川内惣次郎なる人物に由来する関西の地名。物語が進むにつれ、この土地にまつわる失われた記憶が、少しずつよみがえってくる。賑やかな街の中、住人とともに生き続けている怪異をひとつずつ発見してゆく本書は、バーチャル町歩き小説としても出色なのだ。

 一方、津原泰水の長編『少年トレチア』(ハヤカワ文庫)の舞台となるのは、沼地を埋め立てて作られた東京郊外のニュータウン〈緋沼サテライト〉である。高層団地が建ち並び、ショッピングセンターや文化施設も兼ね備えたこの街では、以前から〈トレチア〉という都市伝説が囁かれていた。学帽に白い開襟シャツの少年が現れ、「キジツダ」と謎の言葉を告げる、というものである。
 ある夜、作家を目指す大学生・楳原崇の友人・竜介が、何者かに襲われて大怪我を負う。病院のベッドで竜介は、トレチアにやられたと告白。その後、崇の恋人も忽然と姿を消す。緋沼サテライトを覆い尽くすまがまがしい影。やがて訪れることになる大崩壊は、計画都市の底から得体の知れないものを噴出させ……。
 郊外が孕む狂気と幻想を、解像度の高い文章で描いた著者初期の傑作。長らく入手困難な状態が続いてきたが、『妖都』『ペニス』に続いてハヤカワ文庫より復刊された。夜のニュータウンをさまよう、少年トレチアとは何者なのか。迷宮のように入り組んだ物語内を探検し、その正体を探ってほしい。

 藤野可織『ピエタとトランジ〈完全版〉』(講談社)は、二人のヒロインが遠くへ、遠くへと移動し続ける物語である。高校2年のある日、ピエタの学校に転校してきたトランジ。〈ものすごく頭がいい〉と自称するトランジは、同時に殺人事件などを招きよせてしまう特異体質の持ち主でもあった。かくして彼女たちの行くところ、死体の山が築かれることになる。次から次と発生する凶悪な連続殺人は、トランジにとって日常茶飯事なのだ。
 年齢を重ね、生活環境が大きく変わっても、揺らぐことのない二人の信頼関係が心地いい“バディもの”の秀作。大学の女子寮からピエタがたびたび脱け出すエピソード「女子寮連続殺人事件」以外、“町歩き小説”というコンセプトからは外れるかもしれないが、自由と開放感に溢れた現代エンターテインメントとして、あえて挙げさせてもらった。著者ならではの残酷なユーモアももちろん健在である。