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都会の真ん中にアンモナイト! 石材研究の第一人者・西本昌司さんと東京・丸の内で「すごい石」を探した(後編)

文:加賀直樹、写真:斉藤順子、絵:前川明子

>【前編はこちら】スタートは東京駅丸の内南口(原敬・元首相の暗殺場所)

【午後2時】大手町ビル

――「大手町ビル」に到着しました。ちょうど1時間が経過。……って、東京駅から300メートルも離れていないですが。

 玄関の壁や床などは「稲田石」ですね。バブルの頃まではビルにもよく使われていました。石材が分厚いのが分かりますね。今、こんなに分厚い石材を使うことはないです。「大手町ビル」は1958年竣工で、石材から見ても当時の趣を残しています。

 良かった・・・・・・残っていました。ほら、この壁の石材の、穴の開き具合、どこかで見たことないですか。

――ああ、何か、昔のオフィスの天井とか。

 層になっていることも分かりますか。温泉に溶けていた石灰分が沈殿してできた岩石でトラバーチンと言います。「テルマエ・ロマエ」の舞台であるローマの郊外のチボリで採れたものです。

――高度経済成長期を支えてきた、古き良き石。当時のトレンドでもあったのでしょうね。いま、「大手町ビル」1階を、お邪魔して歩いています。また、なんか全然違う色。

 これ、ベルサイユ宮殿で使われている石なんです。そう言うと皆、「おお!」ってなるんですけど。ルイ14世が気に入っていたというベルギー産の「ルージュ・ロイヤル」などと呼ばれる大理石と同じ地層でとれたもので、「ルージュ・ドゥ・ヌービル・ドゥミフォンス」と言います。綺麗なブドウ色。これも高度経済成長期のビルには結構使われていたのですが、ほとんどが再開発でなくなってしまいました。

――もったいない!

 ベルサイユ宮殿でも使っているような石材を、欧州からわざわざ輸入してきたのに、壊しちゃうなんてもったいないですよね。

――手間暇がかかっているはずなのに。……「大手町ビル」、たしかにオールドファッションな気がしますね。

 磨き直せば綺麗になりそうですし、100年経ったらアンティークと言えます。今の「50年くらい」っていうのが、一番古くさく見えてしまうのかもしれません。もう少し、待ちましょう。

――でも、ここ、改修で変えちゃうのかなあ。

 工事の様子をよく見てみると、「ああ、守ろうとしているんだな」って感じますね。改修中の壁に化石があるのでお見せしようと思ったんですけど、工事中で見られませんね。残念。直角貝という、巻いていないアンモナイトの祖先です。ここの「紀伊国屋書店」の前の階段の石は、スウェーデン産の花崗岩です。大手町ビル建設当時、日本はまだ豊かだったとは言えないと思うのですが、わざわざ輸入した石材をこれだけ使っているのですから、並々ならぬ気合を感じてしまいます。

 では、皇居のほうに行きましょう。朝日新聞のライバル・読売新聞のあの建物も凄いでしょう。ほら、ビルの上のほうまで石を使っています。米国産「ロックビルホワイト」です。あそこの「箱根駅伝」のゴールのところに、銅像があるじゃないですか。あの台座は「万成石」という岡山産の花崗岩です。

――読売さん、リッチなんだな……。そして道路の向かいには、またまた建設中のビル。

 新しいビルができるとウキウキして石材を探しますが、外装はほとんどガラスですね……。あ、でも、でも!(興奮して)中の壁、「ジュライエロー」かも。違うかなあ。ちょっと近くまで見に行っちゃいましょう。……やっぱり「ジュライエロー」ですね! これだったら「アンモナイト探し」ができますよ!

――「アンモ探し」。 

 ジュライエローは、最近よく見るようになりました。流行なのかも知れません。……「将門の首塚」なんてありますね。気になります。行ってみましょう。

【午後2時15分】将門塚

――「将門塚」の前に来ました。いろんな都市伝説を聞いたことがあります。初めて来ました。すごい雰囲気です。

 (「将門塚」と彫られた石碑に興奮し)へええ。あ、稲田かー! 稲田石ですね。(スマホを取り出す。パシャ、パシャ)

――先生は「将門塚かー!」じゃなくて、「稲田石かー!」になるわけですね。まずは石碑にご興味が。

 (無視して)石垣、これは何だろう、「小松石」かなあ。伊豆半島か神奈川県南部の石でしょう。

――「将門塚」の敷地内にお邪魔しましょうか。古跡保存碑、と書いてあります。でも先生が今、ご覧になっているのは、ここに書かれた文章と言うよりも……。

 この石碑は「本小松石」ですね。正真正銘の「小松石」。真鶴の小松ケ原で採れる安山岩です。

――真鶴だったら、東京からそんなに遠くありませんよね。

 東京にはやたらありますよ。東京周辺の古い墓地に行くと、黒っぽい墓石が多いでしょう。「小松石」でつくられた墓が多いからです。西日本では白っぽいです。

――そうか、お墓も地方によって違うのでしょうね。

 もっとも、最近は似たような感じになっていますが、昔からある墓地だと地域差を感じられると思います。

――そして先生は、灯篭をじっくりご覧になっています。

 近くには寄れないのでちょっとよく見えませんが、多分、神奈川の石ではないかな。鎌倉とか……、古いです。相当古い。いつ造ったんでしょうかね、どこかに書いてあるはず。「1307年」って記述が読めますけれど、だとすれば相当古いですね。持ってくるのだけでも大変です。近場だとすれば、やっぱり「鎌倉石」かなぁ……。

――「将門塚」を出ましょうか。お邪魔しました。お騒がせしました。こちら、いろいろな伝説のある所ですよね。周りの会社にいろんな都市伝説があったりして……。

 ここだけポツンとね。さて、もう少しだけ散策を続けましょう。

――内堀通りを渡って、皇居側へ。お堀の石垣が見えてきましたね。

 石垣に使われている石材は、黒っぽいものが多いですよね。さっきの「将門塚」の石垣と同じく、神奈川県南部や伊豆半島から運ばれてきた安山岩で、「小松石」とか「伊豆石」とか呼ばれています。

【午後2時20分】皇居東御苑前

――皇居東御苑にやって来ました。

 江戸城の石垣には、黒っぽい石だけでなく、白っぽい石も混ざっています。白っぽいのは花崗岩。ここの堀沿いの石垣は安山岩が多いのですが、中に入ると花崗岩が増えるんです。中之門などの石垣は、パッチワークみたいですよ。花崗岩は瀬戸内から船で運ばれてきたので、島が有利だったんです。

――水路ではるばる持ってくるわけですか。

 そうです。江戸城はたくさんの大名が動員されて建設されました。遠くから運ばれてきた石垣の石を見ると、そのことを実感できます。

――歴史を感じるなあ。

 大阪城に黒っぽい安山岩はありません。本来、石垣には堅い花崗岩が良いのです。でも、花崗岩がとれなかった関東では、遠くから運んでこなければならない貴重な石でしたから、肝心なところに使われています。天守台の石垣なんて、全部、花崗岩でできていて、堀の石垣と比べると真っ白って感じですよ。

――昔の人々の労苦に思いを馳せるのも醍醐味ですね。パレスホテル東京が見えてきました。こちらも最近改修しましたが、よく見ると石垣みたいなデザインがありますね。

 パレスホテル玄関の石垣は「庵治石」です。香川県高松市庵治で採掘されており、最高級の御影石とされています。

【午後2時30分】パレスホテル東京(旅の終わり)

――ちょっと歩くだけで、東京の街が石で溢れ、囲まれていることを目の当たりにして、とってもビックリしました。面白かったなあ。そもそも先生、この本のタイトル「街角地質学」って、どういう定義なんですか?

 はっきりした定義なんかないですよ。「地質学」というのは本来、フィールドに出て、野外に露出している岩石や地層などを調べ、その生い立ちを探るものです。でも、今日ご覧にいただいたように、街の中には石がたくさんあって、人と地球の歴史に思いを馳せてみることができます。それが「街角地質学」。身近な石を楽しむためのサイエンスです。

――たしかにこの1時間半、こんな大都会のど真ん中で、脳内トリップができました。

 本来、地質学の面白さを伝えるためには、どこかに出掛けて、化石や鉱物を採集したり、地質見学をしたりするのが良いと思います。でも、皆で揃って遠くに出かけることは容易ではありません。都市部で岩石に触れてもらえる場所がないだろうかと考えていたら、身近なところにいくらでもあることに気付きました。

――足元や壁も石だった、ということに気付いたのですね。今日の私のように。

 街の中でみられる石材を、地質学・岩石学の視点から見ているうちに、建築史、日本の近代史などに結び付いていきました。流行やデザインなど、別の視点からも見ることができるようになると、街の中にある石材を見ることが、俄然、面白くなってきました。地球の歴史だけでなく、街の歴史も一緒に楽しむができるようになったのです。

――都会の中でも、とりわけ東京に着目されたのは。

 東京に石材の種類が俄然多いからです。石材というのは、機能的にはコンクリート剥き出しでも構わないところに、装飾として使っているわけですから、いわば「贅沢品」なんです。やはり東京には富が集積しています。明治維新以降、ずっと日本の中心であった東京には、たくさんの石材が集められているのです。

――普段歩いている東京の街が、全然違って見えてきました。今、新鮮な驚きを覚えています。

 歴史が好きな人、建築が好きな人。暗渠が好きな人。いろんな視点から街歩きを楽しむ人が増えました。でも、「石を見よう」と思う人はあまりいません。単純に、模様として美しいとか色の多様性でもいいから、まずは石に興味を持ってほしいと思います。そのために、本書が役に立てるなら嬉しいです。街を歩きながら石が目に入ってくるようになれば、石を鑑賞することの「贅沢」に気が付くと思います。

――「石」と聞けば、宝石を思い浮かべる人、スピリチュアル的なものを浮かべる人もいます。機能性というものとは違う、プラスアルファの価値を見出していることに、気が付いてきました。

 そういった雰囲気をつくっているのも石ではないでしょうか。大地の歴史を刻んだ石だからこそ、人間の心に働きかけるものがあるのかもしれませんね。石と関わる文化や歴史、芸術、経済、地理に触れることができるからです。私にとっても、自分の専門外である未知の世界に、よもや石が導いてくれるとは思いませんでした。東京という街の魅力の一つが、石材であることには間違いありません。

 出かけられるようになったら、ぜひ、石めぐる散歩に出掛けてほしいと思います。きっとハマりますよ!

>【前編はこちら】スタートは東京駅丸の内南口(原敬・元首相の暗殺場所)