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「文明史から見たトルコ革命」書評 科学主義だが矛盾多い建国の父

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月02日
文明史から見たトルコ革命 アタテュルクの知的形成 著者:新井政美 出版社:みすず書房 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784622088851
発売⽇: 2020/03/04
サイズ: 20cm/249,55p

文明史から見たトルコ革命 アタテュルクの知的形成 [著]M・シュクリュ・ハーニオール

 不思議な人物である。その名はムスタファ・ケマル・アタテュルク。オスマン帝国の軍人であり、トルコ共和国の初代大統領、「建国の父」として長く尊敬された。その政治はむしろ専制的であったが、ともかくもフランス風の世俗的共和国を作り上げ、西欧列強を相手に国の独立を維持した。面白いのは、この人物が徹頭徹尾、19世紀ヨーロッパ的な人物であったことだ。
 幼少時から受けた教育によって科学の力を信じたアタテュルクは、SF小説や科学を啓蒙する著作で知られるH・G・ウェルズを愛読し、心からの科学主義者であった。ルソーを引用し、フランス第三共和制を完璧な政治体制であると考えたアタテュルクは、これをイスラム圏において実現しようとした。結果として、中東地域でも珍しい、世俗的な共和国としてのトルコが生まれたのである。
 矛盾の多い人物でもある。心からのヨーロッパ主義者でありながら、トルコ・ナショナリズムの担い手となり、巧みな国際政治術で西欧列強に対抗した。宗教を否定しながらも、少なくとも初期はイスラムを採り入れ、イスラム諸国との連携も実現した。まったく信じていないソ連の社会主義すら受容したのが、彼の政治的スタイルであった。
 いや、むしろ非西欧圏で近代化を担った政治家として当然なのかもしれない。相互に矛盾する思想や制度を組み合わせ、導入した仕組みと人々の感覚のずれを自らのカリスマで埋める。国民意識のないところにナショナリズムを作り出す。オスマンの亡霊があり、同じイスラムとはいえアラブ系に囲まれているだけに、苦労はなおさらだった。
 しかし、そのアタテュルクの影響も今や遠くなりつつある。本書は、史料に基づき彼の生涯をていねいに追い、彼の伝統への挑戦者である現在のエルドアンとの比較を行う訳者解説を含む。トルコはもちろん、非西欧圏における近代化を考える上で絶好の本である。
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M.Şükrü Hanioğlu 1955年、イスタンブール生まれ。米プリンストン大教授。オスマン帝国近代史研究者。