1. HOME
  2. 書評
  3. 「古代史講義 宮都篇」書評 整然とした都城は歴史の必然か

「古代史講義 宮都篇」書評 整然とした都城は歴史の必然か

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月16日
古代史講義 宮都篇 (ちくま新書) 著者:佐藤信 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784480073006
発売⽇: 2020/03/09
サイズ: 18cm/301p

古代史講義【宮都篇】 [編]佐藤信

 ちくま新書の『歴史講義』シリーズは、一般読者が日本史学界の最先端の議論の概要を知る上で、現在最も信頼できるものである。本書は『古代史講義』『古代史講義 戦乱篇』に続く古代史第3弾だ。
 権力の中枢であった古代の宮都(きゅうと)は、古代史研究の最重要テーマの一つである。考古学の成果によって古代宮都のイメージは大きく変貌したが、意外に一般には伝わっていない。
 かつては日本初の恒久的な都城として藤原京が特筆され、平城京造営によって日本古代都城のスタイルは完成したと考えられてきた。むろん藤原京―平城京の画期性は揺るぎないが、各宮都の発掘調査の進展によって、右の見方は相対化されつつある。
 飛鳥京跡の調査成果により、7世紀に三つの宮が同じ場所に重複して造営されたことが判明し、藤原京以前は天皇の代替わりごとに宮が移転した(歴代遷宮=せんぐう)という説は否定された。また、蘇我入鹿を滅ぼした後に孝徳天皇が遷都した難波宮は巨大な内裏・朝堂院を備え、藤原宮以降に継承される古代宮都の原型と評価できる。
 さらに重要なのは「複都制」をめぐる議論だろう。天武天皇は飛鳥・難波の二つの都を併置する構想を持っていた。聖武天皇は740年に平城京を出た後、5年後に戻るまで恭仁(くに)・難波・紫香楽(しがらき)と遷都を繰り返したが、これを単なる迷走と捉えず、曽祖父天武の複都制構想を継承したと解釈する論者もいる。恭仁・難波・紫香楽は不整形の都だったという見解もある。整然とした条坊制(碁盤目状の区画)を持った方形プランの都城が唯一の首都として君臨する藤原京―平城京コースは、歴史の必然ではないかもしれないのだ。
 15人の研究者によるリレー講義形式だが、各自の意見が異なる部分もある。論争的要素も含めて楽しんでほしい。大宰府・多賀城・平泉など、首都以外にも目配りがきいている。
    ◇
 さとう・まこと 1952年生まれ。東京大名誉教授(日本古代史)。著書『日本古代の宮都と木簡』『列島の古代』など。