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『武器としての「資本論」』書評 マルクス読み直しを生き生きと

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2020年05月23日
武器としての「資本論」 著者:白井聡 出版社:東洋経済新報社 ジャンル:経営・ビジネス

ISBN: 9784492212417
発売⽇: 2020/04/10
サイズ: 19cm/290p

武器としての「資本論」 [著]白井聡

 舌鋒(ぜっぽう)鋭い政治学者、白井聡の新刊である。タイトルは激しいが、語りはむしろいつにもなく優しく、かつ易しいように感じた。
 カール・マルクス『資本論』を、著者自身も学び直すごとく語っていく。そこでは当然、価値論や剰余論というおなじみのマルクス経済学の概念も数式も出てくるのだが、著者はこれを一切の難解さをまとわずに説明していく。
 そこには例えば本欄書評委員・柄谷行人の思考なども織り込まれ、遠隔地貿易による距離の価値、新商品開発による時間的差異の価値など、あらゆる事象の剰余が資本主義化されてきた歴史が整理されるが、最も重要なのはそれがいかにも古来の人類の普遍的な事象と見られる錯誤への指摘であろう。
 普遍であれば、それを捨て去ることは出来なくなる。そのまま我々は「歴史の終わり」を生きていかざるを得ない。だが、ある時代からの特殊であれば話はまったく別になる。
 こうした根本的な認識へと〝蒙(もう)を啓(ひら)く〟議論の数々は、著者自身をも巻き込みながら活き活きとした講義としてあらわれる。マルクスを丁寧に大胆に読み解き直すことが、ひとつのライブのようにして成立する。
 啓蒙には通常、〝わかった者〟が〝わからない者〟へと働きかける側面があり、そこにつまらなさがつきまとう。がしかし、この清々(すがすが)しい本にそれは一切ない。著者が共にわかっていくような新鮮さに満ちている。
 何かを読むことで今ここにいる我々の世界の暗さが晴らされること。それこそが「武器としての書物」の効用なのであり、明るくなった視界が社会を変える。
 例えば、やはり気鋭の斎藤幸平がマルクスの中のエコロジーを浮き彫りにした『大洪水の前に』なども併読しながら、白井たち新しい思想家の提唱する「コロナ以後の世界」、行き詰まった資本主義の向こう側にあるべき社会像を探る試みに目を見張りたい。
    ◇
しらい・さとし 1977年生まれ。思想史家、政治学者。京都精華大教員。著書に『永続敗戦論』など。