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二宮敦人さん『「競技ダンス」へようこそ』インタビュー 「きれいなゴキブリ」目指した大学競技ダンス部の4年間

文・松澤明美、 写真は、大会で踊る一橋大学時代の二宮さん(新潮社提供)

きれいなゴキブリを目指した

−−社交ダンスはパーティーで踊ることを目的として、いろいろな相手とダンスを楽しみます。一方、競技ダンスは社交ダンスがスポーツ化され、同じパートナーと競技会に出場して技などを激しく競い合います。その際には明確な採点基準はなく、審査員の主観で結果が左右される珍しい競技です。

 大勢のカップルが一斉に踊る競技ダンスは、最初の10秒も見てもらえず、一瞬の印象で次の予選に上がれるかどうかが決まります。日常生活では初対面の相手の評価を「第一印象で決めちゃいけない」と言われますが、競技ダンスの世界はそれがすべてです。積み重ねてきたものや人柄、どんな気持ちで臨んでいるかが第一印象に全部出るという価値観なんですよ。だから、生まれ持った体で何ができるかを常に考えさせられ、すべてを出す力が必要でした。背が小さく、ジャガイモみたいな顔でも、思いっ切り楽しそうにやっている選手は、審査員からもう1回踊らせてあげたいと思ってもらえます。また、ダンスの技術がすごく高いけれど、あまり華がない人は「地味うま」と言ったり、そんなに上手じゃないのに顔の派手さで勝つ人は「派手へた」とか言ったりもします。定量化された評価基準があるわけではないので、ちょっと独特な世界ですね。

−−美術部出身で運動が苦手な二宮さん(ワンタロー)でも情熱を傾けられた学生競技ダンスの魅力とはどこでしょうか。

 ほぼ誰もやったことがないので、スタートは横一線。先輩たちも一から、きれいな立ち方、きれいな歩き方から教えてくれます。体育では「立つ、歩く、走る」ことなんて、わざわざ習わないですよね。なので、競技ダンスの体の使い方を教わっていくと、「意外と走れるんだ」「こんな風に動けるんだ」と新鮮な発見があります。自分も初めて運動が楽しいと思えて、気がついたらハマっていました。運動が苦手な人ほどハマる可能性が高い。体を動かす楽しさに開眼してしまうのではないでしょうか。

−−ご自身のアピールポイントはどこでしたか。

 適切なたとえかわかりませんが、ゴキブリは急に止まったり、突然、動いたりしますよね。予想がつかないから、つい見ちゃう。自分はああいう方向性ですね。僕がやっていたスタンダードという種目(ワルツ、タンゴ、スローフォックストロット、クイックステップ、ウインナーワルツ)は手足が長く、頭が小さくて、大きなムーブメント、動きの躍動感を出せる人が有利です。僕は背が低めで、頭も大きく、固太り系で、そういう動きではアピールできない。スタンダードの中でもタンゴやクイックステップはスタッカートという動きのキレや、スピード感、突然加速して突然止まるといった緩急で見せる要素が強い。いきなりパッと動き、ピッと止まるとカッコ良く見える。それをアピールして、きれいなゴキブリになろうと思いました(笑)。

根暗な人に競技ダンスはおすすめ

−−競技ダンスは「人間と人間」の関係性を築き合える印象を受けました。

 カップルを組んで学んだことはたくさんあります。パートナーとの関係づくりは、相手がどういう人なのかを理解するところから始めます。いいところを見つけ合って、欠点を見つけても、「ココが欠点だけど、どうやったらカバーできるか」が前提なので生産的な意見交換ができる。上司と部下、取引先と自分、夫婦などあらゆる人間関係に応用できる考え方だと思います。

 競技ダンスでは、「団体優勝」という目的が同じ仲間でもぶつかり合うことがあると学びました。だから、現実の生活でも「コイツとは絶対一緒にやれない」と思う人でも、もしかしたら目的が同じで、ならば一緒にできるのではと思えるんですよ。その人の言動やキャラクターの下にある階層を掘ってみたら実は自分と同じところから出発しているのかもと思うと、そこまで掘って、対話して、スタートすれば仲良くなれるかも、って。その考え方は小説の執筆でも役立っています。小説のキャラクターで、すごく嫌な奴でも理由がある、という価値観は競技ダンス部での経験が大きい。・・・競技ダンスっていいですね(笑)。

本書のPOPを持ってポーズを決める二宮さん。(二宮敦人さん提供写真)

−−知らなかった自分を知ることもありますか。

 あります!「これが自分だ」と思っているのは、自分のほんの一部。チャレンジしてみないと分からないことはたくさんありました。殻をいかに破って、自分の全力を見てもらうか。全力でやる、ギアを上げる、スイッチをオンにする訓練をひたすらしていました。自己啓発セミナーっぽいというか、自分でも気持ち悪いと思いつつも、踊っていると、結果的にさまになっているんです。

 自分は根暗でしたが、しゃべることが少し楽になりました。女子と話すことも楽しくなったり。根暗な人ほど競技ダンスをするといいと思いますよ。根暗があまり気にならなくなり、ほかのところでカバーすればいいという気持ちになります。そのおかげで今もこうやってインタビューで話せる。昔だったら恥ずかしくて「僕なんか見ないでください」となっていました。競技ダンス部は生々しい現実がいっぱいある部活でした。つらいこともありましたが、予防接種みたいな感じでもあるんです。社会に出ていきなり理不尽な目に直面するよりは競技ダンスで弱いウイルスをワクチンとして打っておいたおかげで耐性ができた。

作品の書き方も競技ダンスから学んだ

−−本作は過去(大学)と現在(社会人)が交互に書かれている独特な手法ですが、どのように生まれたのでしょうか。

 元々は、競技ダンスの奇妙なところをライトに書こうとしていました。しかし、競技ダンス部の仲間たちに10年ぶりに会って取材をすると「固定」(毎試合、同じ相手と組んで出場すること)を始め、苦しかったことの解釈が人それぞれで面白い。そこで現在という視点も組み込もうと思いました。大学時代を物語調にして主人公に感情移入してもらい、ダンス部を疑似体験してもらいながら、現在パートのインタビューでは僕がかつての仲間から教えてもらったように人生にも通じるような何かに触れてもらう構成に行き着きました。

−−そういった表現へのこだわりは競技ダンスから学んだことですか。

 競技ダンスは、見た一瞬で「いい」と思ってもらわなかったら、どんなに努力をしたって言い訳になってしまうじゃないですか。「見て、見て」と言わなくとも見てもらえれば一人前。本も、「最後まで読んだら面白い」というのは言い訳でしかない気がするんですよね。読者の方に「面白いな」と思いながら最後まで読んでもらえるようになって一人前。理想の作品はそういうものかもしれません。例えば栗の皮をむくのは大変ですよね。早くむいて、中身にたどり着きたいのに、もどかしくてイライラする。そういうストレスを読む人に与えたくないと意識はしています。

−−大学卒業から10年後に大学時代の経験を元にした作品を書かれたきっかけは。

 競技ダンス部での4年間は、辛くてトラウマ的なところもあり、ずっと振り返る勇気が出ずにいました。でも、卒部から10年というきりのいいタイミングで当時のダンスパートナーの帰国というめぐりあわせがあったんです。今ならぎりぎりあの頃の記憶が残っている。あれだけ頑張っていたし、嫌な思いもしたので書かないのはもったいない。それに、ダンス自体はすごく楽しかった。多くの人にダンスを始めてほしい――気持ちがだんだん変化して、執筆に踏み切りました。

−−リアリティのある内容はどこまでが実体験ですか。

 同じ体験でも人によって感じ方は違うと思うので難しいですが、主観的な印象で言えば、ほぼすべてがリアル。ただし、伸び悩んでパートナーとの練習を欠席した場面は、そういう気持ちにはなったことはありますが、本当は練習をさぼったことはない。それを脚色しているくらいで、あとはほぼ現実そのままです。

−−インタビューも熱心にされ、作品に生かすスタイル。今回も相当な取材量では。

 約20人に話を聞き、思い出話で盛り上がるので1人あたり3時間分くらいのインタビューになります。多様な「正しい」考え方同士がぶつかり合う世界だ、ということを伝えたいと思い、キャラクターを配置しました。

−−『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』に続き、奥様も登場されています。やはり二宮さんが執筆する上で重要な存在ですか。

 自由に動かせる第三者視点として使えるのでありがたいです。公私ともに支えてもらっているおかげで、自分の実力以上の力で執筆ができていると思います。自分の本に魅力があるとしたら、自分を支えてくれる色んな方の魅力のおかげです。

−−読者になる方に向けて競技ダンスの魅力を伝えるなら、どんなところでしょうか。

 ダンスをしている間は誰でも主人公になれる! 背筋をピンと張った状態をキープするので姿勢がよくなり、健康寿命も延びると思います。自分のペースに合わせてできるスポーツですから、何歳からでも大丈夫。異性とのコミュニケーションを見つめ直したい方にもオススメです。

−−さまざまなジャンルを手掛けていますが今度の作品で取り上げたい内容は。

 今は特殊な種族・世界が出てくるファンタジー、あるいはディストピア(悪の理想郷みたいな)ものを書きたい。人間が家畜にされて肉を出荷されるとか、ちょっと怖いものを書きつつ風刺するイメージ。3つの構想を進めていて、執筆段階、企画を担当さんと詰めている段階、あとは資料、情報集め中のものです。