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美しく心震わす世界への旅 「空のあらゆる鳥を」など池澤春菜さん注目のSF3冊

  • 空のあらゆる鳥を(チャーリー・ジェーン・アンダーズ、、市田泉訳、東京創元社)
  • 月の光 現代中国SFアンソロジー(ケン・リュウ編、大森望・中原尚哉・他訳、早川書房)
  • ホテル・アルカディア(石川宗生、集英社)

 ここ数カ月世界を覆っている、まるでSFのような惨事。驚いたことに、わたしはパンデミックものが読めなくなってしまった。復刻された作品や、文庫化された作品、以前は楽しく読めたはずの物語を飲み込めない。

 だけど、そんな中で唯一読めて、なおかつ大いに楽しんだのが『空のあらゆる鳥を』。主人公は魔法使いの少女と、天才科学少年。魔法と科学が両立する世界で、疎外され、虐げられ、絶望したふたりが出会う。虐(いじ)めのシーンやネグレクトの描写はとても痛々しい。でもユーモアと優しさに満ちた筆には救いがある。そして痛み以上に、描き出される世界が美しいのだ。

 やがて見えてくる人類滅亡の危機。ふたりは正反対の立場から、この危機を乗り越えようと挑む。ジュブナイルのみずみずしさ、エンターテインメントの疾走感、際立つキャラクター達と、爽快な結末。どうか現実も、このくらい美しくありますように。

 劉慈欣(リウツーシン)『三体』の大ヒットもめざましい昨今の中国SF。その仕掛け人でもあるケン・リュウが編んだアンソロジー第二弾『月の光』。第一弾の『折りたたみ北京』に勝るとも劣らぬ作品揃(ぞろ)いで、中国SFの層の厚さと質の高さはうらやましいほど(日本SFだって負けてませんけどね!)。優れたアイデア、淑(しと)やかな叙情、諧謔(かいぎゃく)と諷刺(ふうし)、バラエティーに富んだ14作家16篇(ぺん)の物語とエッセイはいずれも素晴らしい。

 わたしが好きなのは古(いにしえ)の中国に、ネットを持ち込んだ「晋陽の雪」。中国史を逆戻りする奇想が光る「金色昔日」。イメージの喚起が美しい「さかさまの空」。ユーモアがあって可愛らしくて美味(おい)しそうな「宇宙の果てのレストラン――臘八粥(ろうはちがゆ)」。いずれも豊かで、心震わす物語達。

 『ホテル・アルカディア』もまた、一生に何度も読み返したいと思える傑作だった。ある日、離れに閉じこもってしまったホテル・アルカディア支配人の一人娘、プルデンシア。彼女を外に出すために7人の芸術家たちがそれぞれとっておきの話をする。まるで天岩戸? それとも、かぐや姫?

 時にユーモラス、時に幻想的、時に残酷で美しく、時に不条理な短編掌編が、きらきらと万華鏡のように眩(まばゆ)く展開される。マジックリアリズム的な幻想譚(たん)が多く、読後の余韻がいずれもとても良い。物語の中で、物語が展開される美しい入れ子構造、心地よい迷路でもある。

 どこにも行けない今だからこそ、本の中で現実には行けない旅をしよう。

 距離的な制約も、時間的な制約も超えて、知らない世界に行けるのは、読書ならではの体験。=朝日新聞2020年5月27日掲載