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「あの本は読まれているか」書評 冷戦下の禁書と女性たちの秘密

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月30日
あの本は読まれているか 著者:ラーラ・プレスコット 出版社:東京創元社 ジャンル:小説

ISBN: 9784488011024
発売⽇: 2020/04/21
サイズ: 19cm/443p

あの本は読まれているか [著]ラーラ・プレスコット

 1957年、ソ連の作家ボリス・パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』がイタリアで刊行された。革命に揺れるロシアを舞台にしたこの小説は、翌年、パステルナークにノーベル文学賞をもたらすことになる。
 しかし当時この本は、内容が反体制的としてソ連では禁書となっていた。そこに目をつけたのが、米中央情報局(CIA)だ。CIAは、自国がいかに抑圧的であるかをソ連国民に知らせるため、『ドクトル・ジバゴ』を密かにソ連に広めるというプロパガンダ戦略を実行したのである。
 その事実をもとに、作戦の様子や携わった人々をフィクションとして描いたのが本書だ。
 ソ連で禁じられた本の原稿はどのように西側に持ち出されたのか。CIAはそれをどうやって入手し、どうやってソ連国民に渡したのか。その過程は駆け引きあり謀略ありロマンスありで、まさにスパイ映画さながらの興奮! 同時に、社会を変えるだけの力を文学が持っているという事実に胸が熱くなった。
 だが本書にはもうひとつ重要なテーマがある。本書の原題を直訳すると「私たちが守った秘密」。これはその作戦の陰で秘密を守り続けた女性たちの闘いの物語でもあるのだ。
 名門大学を出てもタイピストの採用しかないCIAの女性職員たち。スパイの素質を見込まれて最前線に出る女性もいるが、そこでも差別が待ち構える。
 実在の人物も登場する。『ドクトル・ジバゴ』のヒロインのモデルとなったオリガだ。彼女はパステルナークの愛人だったためシベリアの収容所に送られた。それでも釈放後は彼と彼の小説のために奔走する。
 タイピストたちの、ふたりの女性スパイの、そしてオリガの強さが悲しい。彼女たちが守り続けた〈秘密〉は、現代を生きる私たちの胸にも刺さるはずだ。
 文学は人の心を動かす。二重の意味で、その力を見せつける物語である。
    ◇
 Lara Prescott 米国生まれ。作家。デビュー作である本書でエドガー賞最優秀新人賞候補に。