1. HOME
  2. インタビュー
  3. 辻堂ゆめさん「あの日の交換日記」インタビュー 「どこかですれ違った思いを、交換日記を通じて分かり合えたら」

辻堂ゆめさん「あの日の交換日記」インタビュー 「どこかですれ違った思いを、交換日記を通じて分かり合えたら」

文:根津香菜子、写真:本人提供

子どもに影響を与える「小学校の先生」に焦点を当てたかった

――本作を書くにあたって、まず頭に思い浮かんだのはどんなことだったのですか?

 元々、小学校の先生に焦点を当てた作品を描きたいと思っていたんです。日本だと、小学校の1、2年間はどの科目の授業も丸々その先生から教わるという、子どもにとってはすごく濃密な関係を築く存在で、小学校の先生が自分の人生にとって、影響を与えていないはずはないんですよね。だけど、大人になってみると意外と忘れてしまっているような存在だと思っていて。そんな小学校の先生たちに、少しずつ影響を与えられた人の話を書きたいと思ったのが最初でした。

――交換日記を題材に選んだ理由を教えてください。

 交換日記って、誰が書いているか分からない、もしかしたら嘘をついているのかもしれない。そういう意味ですごくミステリー的なものにも使いやすいと思ったのがまず一つです。
そして、交換日記とは、深く自分のことを書くものだと思うので、いろんな人の心の内をさらけ出したり、人間ドラマをドラマチックに描いたりしやすいのかなと思って。その二つの要素がある交換日記は自分が扱ってみたい題材だなと思いました。

――私は交換日記というと「特別に秘密のもの」という印象が強いんです。昔、鍵付きのノートとかもあったような気がするし、それくらい中身を他人には見せてはいけないものだと小さい頃は思っていました。そういうところもミステリーっぽいアイテムですよね。

 鍵付きのノート、ありましたね! そういう意味でもそうですね。本作では、複数人ではなく、2人だけでしか交換日記をしないのですが、その2人だけの世界みたいなものを作れて、それが一冊のノートになるっていうところが魅力的だと思います。

――辻堂さんは交換日記をした経験はありますか?

 小中学生の頃に友達とやっていました。あと、ちょっと交換日記とは違うかもしれないんですけど、お話を書くのが好きな友達がいて、その子と一話ずつ交代で書くということもしていました。

――私も幼い頃、母と交換日記をやっていたことがあるんです。忙しくて家ではあまり会話が出来なかった分、「さみしい」とか「辛い」という、口では言えなかった気持ちを交換日記では吐き出せていた気がします。

 顔を合わせると恥ずかしくて言えないことや、そこまで深い話をできる雰囲気じゃないと流してしまいがちなことでも、交換日記なら書けることもありますよね。文字を書くという事は、相手と向き合う作業であるけど、自分と向き合う作業でもあるので。書きながら自分の気持ちに気づいて、相手にも読んでもらうということが出来るのが、交換日記なんじゃないかなと思います。

学校の先生は「尊い」と思った

――井上先生が本作のキーパーソンですが、このキャラクターを生み出した背景を教えてください。

 井上先生のモデルというと言いすぎなんですが、大学時代の知り合いに小学校の先生をやっている人がいるんです。本作の構想をしていた当時、石川県の金沢にある小学校に勤めていて、私も遊びに行ったことがあるんです。その子の家に泊まらせてもらった時に、小学校の先生の話をたくさん聞いたんですよ。労働時間もすごく長くて朝から晩までずっと児童たちのことを考えて、休日だって返上のこともある。すごく大変な職業だなと思ったのと同時に、「尊いな」と思ったんです。彼女のように、子供のことを一生懸命考えて働いている先生が日本中にたくさんいるんだと思い、「子どものことをすごく考えている先生」を小説に出してみたいと考えました。
 本作では「もらった恩を返していく」ということを描きたかったんです。そこで自然と出てきたのが、井上先生という人物で、より包容力のある存在として思いつきました。

――先生が書く交換日記のお返事がとても素敵で、こんなことを言える人になりたいなと思うと同時に、言葉の力、手書きの力を感じました。

 私自身、この作品を手書きしたわけではないのですが、最初に構想していた以上に、先生のパートをいざ自分が書くとなったら大変でした(笑)。
 第二話で「私は人殺しになります」と書いてきた生徒の悩みに、どう返事を書けばその子が思いとどまってくれるかとか、この子に対してどう書けばこの子にとって一番いい結果になるのかとか、本当に自分がこの交換日記をやっているかのようにのめり込んで書いていました。他の地の文に比べるとのめり込み方が激しかったなと(笑)。本当にこういう子がいるんじゃないかと思うくらい、すごく責任感を感じながら書きました。それは、交換日記が相手と自分と両方が向き合う作業だからこそ。これはフィクションだとしても、自分は真剣に書かなければいけない。そう思えたことが、自分でも面白かったです。

――先生が書いた交換日記の文章は、辻堂さんがその子のことを思って一生懸命考えた言葉なんですね。

 そうですね。私が作中の先生に乗り移って、本当にその子と向き合う気持ちで、実際に手書きで書いているつもりになって執筆しました。今、手書きの文章を書く機会ってなかなかないですし、文字の形や美しさ、行の変え方とか細かいところまで相手にどう見られているんだろうって思うし、パソコンやスマホで打つ文章とは質が違いますよね。やはり手書きは美しいものだなと思います。

――第一話の「入院患者と見舞客」では、重い病気を患った小学生の愛美ちゃんと、その担任の先生が交わす交換日記のお話です。文中で私が特に印象的だったのが、それまではカタカナだった「コツズイイショク」が、漢字表記になった時。愛美ちゃんが骨髄移植を受ける決意をし、一歩前に踏み出すという意思の表れなのかなと感じました。

 愛美ちゃんにとっては「骨髄移植を受ける」ことを大人が使う文字で、しっかり先生に伝えたいっていう思いがあったんです。入院生活が長いと、みんなと同じ授業が受けられていない分、自分で意識して勉強しないと何かを獲得するのが難しい状況なわけなので、先生に新しい漢字を書ける自分を見せたいという前向きな思いも、そこで描けたらいいなと思いました。

――第六話の「上司と部下」では、営業日報が交換日記になっていますね。

 そこだけ変わり種ですね(笑)。小学校の先生に影響を受けた人の話と言っても、子どもから大人の話まで書きたいと思って、ちょっと変わった交換日記にしようと思いました。前半は小学生が出てくる交換日記からはじめて、後半は完全に大人同士の交換日記、という話を書きたかったので、社会人の人たちが本当にできる交換日記って何だろう?と考えた時「営業日報とかでやりとりすることもあるよな」と思い、第六話ができました。

――本作で辻堂さんが一番描きたかったことはどんなことでしょうか。

 交換日記の中に限らず、人と人の思いがすれ違うことってたくさんあると思うのですが、最初、何かですれ違ってしまった思いが、本作の場合は交換日記を通じて最後に分かり合える、分かり合えそうになるっていう話を、いろんな形で書いてみたかったんです。連作短編とはいえ、一話一話が割と違う話で、各話に謎の要素も入れつつ、それを七話も詰め込んだ作品を書くのは初めてだったので、自分としてはすごくチャレンジをした作品だし、自信もある題材だったんです。この作品はデビュー作でも、何かの賞を取ったというわけでもない、ただ自分が挑戦したという作品ですが、今たくさんの人に読んでいただけて本当に嬉しいですね。

――辻堂さんが初めて小説を書こうと思ったのはいつ頃ですか?

 もう思い出せないくらい前ですね。お話を書くことは、幼稚園生くらいから好きだったんです。「私、お話を書く人になりたい」って母に言ったら「作家」という言葉を教えてもらったくらい、その頃にはすでに興味がありました。その後も遊びで書くことはあったのですが、初めて小説という形で書いたのは中学生の時ですね。中3年の時に中編くらいの小説を完成させました。「小説家になれたら嬉しいな」という夢は幼稚園の頃からずっと持っていたけれど、そう簡単になれる職業ではないと思っていたので、現実的には他の職業を目指しつつ、中編や長編が書けたらなにかの文学賞に応募するという事は中学の時からやっていました。

――ミステリーは昔からお好きだったのですか?

 小説を書き始めた中学生の頃は、エンターテインメントの中でも純文学とか戦争文学とか、どちらかというと重いものを読んでいました。特にミステリーが好きと言うわけではなかったのですけど、高校一年生の時に、湊かなえさんの『告白』が大ブームになって、私も買って読んだ時に「こんな小説があるのか!」と、すごい衝撃を受けたんです。それまで読んでいたミステリー小説とは全然違ったんですよね。人間ドラマを楽しむのとは別に、こんなに読者を驚かせることができる、という別の質の面白さがミステリーにはあるんだと気づき、そこから「私もこういう作品を書く!」と決めました。

――ミステリーの魅力とはどんなところでしょう。

 読んでいる人の心が振るわされるところですかね。人間ドラマで感動的なことが起きたのと同じくらい「わぁ! そうだったのか」という驚きや、鳥肌が立ったり頭が真っ白になったり、そういう良い意味でびっくりする体験ができるというのは唯一無二なのものだと思うんですね。だから私は人間ドラマ的な感動も大好きだし、謎が全て解けて「あぁ、そうだったんだ!」というミステリー的な感動や驚きも大好きなので、自分が作品を書く時はその両方が入った話にしたいと思っています。

――辻堂さんが読書から得たものは何ですか?

 自分一人じゃ考えもしなかったことや、行きもしないような場所に行ったような気になれる。一冊ごとに色んな疑似体験をできるのが読書の良さだと思います。私は漫画やドラマをたくさん見てきた方ではなかったので、情報や知識は全部本から得てきました。インプットがなければアウトプットもないので、きっと今私が書いている作品も、自分の過去プラス色々な本から得てきた経験が詰まっているものだと思っていますし、自分の半分を作っているのが本だと思います。

――これから考えていきたい、書いてみたいテーマを教えてください。

 先ほど言ったことはこれからも軸としてやっていきたいのですが、テーマでいうと、11月ごろに出版する作品があって、それが現在と過去が出てくる物語で、過去が1960年代の話なんですね。初めて自分が生きていない時代のことをしっかり書くことに挑戦したんですが、個人的にはすごく面白かったです。もちろん自分が生きていない時代のことを書くことはすごく大変で、例えば主婦の仕事一つ描写しようにも、この頃の電化製品ってどんなものがあったのかとか、子育てのシーンを書くにも、今とは常識が違うんじゃないかとか、一つ一つを調べながら書くのが面白いですし、そのために年上の方にお話を聞くことも楽しくて、やりがいがありました。なので、過去に実在した人や、実際に起きた過去の事件に巻き込まれた人、それで人生が翻弄された人とか、そういう「過去」をしっかり扱った作品をいつか描いてみたいと思っています。