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「ギター・ブギー・シャッフル」書評 イカすエンタメ過去を甦らせる

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2020年06月06日
ギター・ブギー・シャッフル (韓国文学セレクション) 著者:イ ジン 出版社:新泉社 ジャンル:小説

ISBN: 9784787720221
発売⽇: 2020/03/26
サイズ: 20cm/252p

ギター・ブギー・シャッフル [著]イ・ジン(李 眞)

 並みいる韓国文学の翻訳書の中に、またひとつ毛色の違った小説が現れた。
 『ギター・ブギー・シャッフル』というイカしたタイトル自体がベンチャーズの名曲から採られており、八つに分かれた章のそれぞれにもアメリカ発の渋いヒットチューンの曲名や歌詞が並んで楽しい。
 中身はといえば、第二次大戦後、日本の支配から解放された韓国ソウルで育つお金持ちの子、キム・ヒョンが朝鮮戦争の混乱で孤児となり、やがて第八軍(在韓米軍の陸軍)に入り込んでギターを学び、ショーの一員になっていく、いわゆる青春もの。
 日本でもこうした戦後のロックンロール、ジャズシーンからは数々のスターが生まれ、そのひとつが先日巨星をなくしたドリフターズでもあるのだから、読んでいてまるで他人事ではない。なにしろ本作の主人公が属すバンド名は「ワイルドキャッツ」で、クレージーキャッツさながらだ。
 こうしてそれぞれの戦後が、国が異なるごとに変わるのも、東アジアの全体の歴史を想像させて面白い読書体験になるだろう。
 例えば「タンタラ」という差別された芸能民の存在などが出てくると、私たちの国にも「河原者」と呼ばれてきた芸能の流れがあることを思い、文化圏として我々はひとつだと思える。
 ただし難解だったり重かったりすることはない。ついに日本の市場に韓国のエンターテインメント小説が入ってきたことになる。だが、かの国の文学の特徴でもある社会と個人の軋轢(あつれき)の描写は決して消えることがない。このへんは日本との大きな違いだろう。
 なんと作者は82年生まれの女性。作家というのはそういうものだけれど、他人のデータを我が物として生き生きと人物を動かす。
 そもそも『ギター・ブギー・シャッフル』はベンチャーズが過去のロックンロールを甦らせた名アルバムの一曲だ。本の題名にすでに作者の企てが見える。
    ◇
 い・じん 1982年、韓国・ソウル生まれ。2012年、小説家に。長編3作目の本作で、韓国の秀林(スリム)文学賞受賞。