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カツセマサヒコさんデビュー小説「明け方の若者たち」  何者かになれなくたっていい 

文:篠原諄也、写真:斉藤順子

「人生のマジックアワー」を描いた理由

――自分を見失うほど夢中になった「彼女」との恋愛、「こんなハズじゃなかった」と鬱々とする会社員生活。2010年代に青春時代を過ごした「若者たち」の姿を描いた本作は、カツセさんの初の長編小説ですね。

 小説はいつか書いてみたいと思っていました。ただ50・60代でもいいなと思っていたくらいなので、担当編集さんに声をかけてもらったときはまだ何も準備をしておらず、そこからが大変でした。「今、書けるものって何だろう?」と凄く考えました。プロットは二転三転どころじゃなく、四転五転くらいしていた気がします。

 普段のライターの仕事は、文字数は長くても6000字くらい。長編小説となると、急に10万字近く書かないといけない。なかなか1行目が書き出せなかったり、書いても途中で頓挫してしまったり。それでも編集さんは2年半も待ってくれていて、「これはちゃんと書かないと」と思って、ストーリーの原案が出てきました。   

――主人公の会社の同期で親友の「尚人」は、就職してすぐの23、24歳ごろは「人生のマジックアワー」だと表現していますね。若くて体力があって、学生時代よりお金がある。結婚もしていないから自由でいられると。この時期を描いたのはなぜでしょう?

 僕自身、社会人3年目くらいまでの時期が一番無責任に生きてたなと思っていて(笑)。夜9時まで働いた後に飲みに行って、朝までカラオケでAKBとか踊って、そのあと吉野家で牛丼食べてから解散とか。それを毎週のようにやっていた気がします。僕の青春は遅れてきてそこにあったので。

 「尚人」のキャラクターは、当時一緒に遊んでいた仲間たちや、今の自分を支えてくれている友人たちを混ぜて、そこに自分の要素をちょっと足して作っています。当時の仲間たちにはいち早く連絡して、読んでもらいました。

――主人公の「僕」はカツセさんご自身よりも3、4歳ほど年下の世代ですよね。

 そうですね。世代は近くても年下なので、リアリティを出すために10人くらいにインタビューさせてもらったんです。Twitterで「この時期に大学生やってた人!」と募集をかけて、「就活はどんな感じだった?」「どんな音楽が流行ってた?」「どのタイミングでガラケーからスマホになったっけ?」など聞いたんです。

「何者にもなれなくてもいい」

――本作は「自伝小説」とは言えないそうですね。

 「自伝としては書いてない」という気持ちが強いですね。原体験のままで書いているのは、3分の1くらいだと思います。小説もエンターテインメントの一個だと考えているから、この本は他の小説と比べるんじゃなくて、Netflixや「どうぶつの森」をライバルに考えたいんです。余っている時間に「何しようか」と考えた時に、この本を手に取ってほしかった。でも、自分の人生を振り返ってそのまま書いても、全然おもしろいエンタメにならなくて。「事実は小説よりも奇なり」は、僕の中では嘘でした(笑)。だからありもしないことをたくさん書いています。

――ただ主人公の「僕」が大手印刷会社の総務部で働きながらモヤモヤとしていることなどは、やはりご自身の経験が反映されていますか?

 大企業にいた自分にしか書けないことかなと思って、そこは実体験を一部だけ反映させています。入社当時は工場で働く人たちの作業着を配る仕事をしていました。夏は地域の消防訓練の大会に出る人に選ばれて、毎日屋上で作業着を着て放水訓練をやっていました。

 同期の営業がお洒落なスーツに尖った革靴を履いて、有名な少年漫画誌の担当をしているんです。僕はその横で放水訓練をしている。今考えればどれも大切な仕事なんですけど、「なんで俺だけこんな仕事やってるんだろう」と当時は思ってましたね……。

――主人公の「僕」と同じように「何者にもなれていない」と感じていたのでしょうか?

 そうですね……。スタッフ部門は利益を生む部署ではないですし、自分の給料は誰のお金から貰っているのか分からなくて。本当にモヤモヤしていた時期に、ちょうどSNSでは起業した人たちがバンバン表に出ていたんです。僕と同い年で言うと、イケダハヤトさんなどが話題を集めていた時期です。うわー何者でもない自分って何なんだろうな、と。凄く葛藤がありました。

 今もSNSの状況は変わっていないし、むしろ隣の芝が青く見えてしまう若い人たちの数は増えた気がします。「あいつは頑張ってるのに、俺は何やってるんだろう」と感じてしまう。だからオンラインサロンに入りたくなる気持ちも超分かるんですよ。手っ取り早くTwitterのプロフィールに肩書きが手に入るんです。

 何者にもなれなくて、何者かになりたいと足掻いている。この本はそういう人たちが主人公なんですよね。最終的には、誰も何者にもなれていないんです。でも「それでいいじゃん」と肯定してあげたいなと思っています。

自分の道を歩める「彼女」への羨望

――本作は主人公の「僕」と「彼女」の恋愛の行先が物語の軸になっていました。就活の「勝ち組飲み」で出会った「彼女」とだんだん親密になっていく。途中では「彼女」についてのある事実が明らかになります。「彼女」にはモデルがいるんですか?

 男性が「こんな理想的な人だったら騙されてもいいかも」と思える人をイメージしました。女性からは賛否が分かれそうだと思ってるんですけど。でも「自分をちゃんと持ってる」という意味では、憧れる人もいるんじゃないかと思います。

 「彼女」は自分が大事だと思うことを、他人に任せずに決められる人なんですよ。それは人として魅力的だと思います。いろんな情報が溢れる時代ですけど、それに流されずに「私はこれが好き」「私はこうしたい」と決めていける。主人公は社会的地位や福利厚生を求めて大企業に就職した。「彼女」は最初からそんなことは気にしないで、自分が働きたいと思った小さなアパレルブランドに就職する。自分の道を歩める人なんです。

――カツセさんはどんな恋愛に惹かれますか?

 小説で言えば、金城一紀さんの『GO』に出てくる2人が人類で最強のカップルだと思っています。(本作の出会いのシーンの)パーティを抜け出す2人という設定は、いろんな小説や映画や歌で描かれていますが、一番モチーフにしたのは『GO』の2人でした。クラブに彼女がツカツカと入ってきて、辺りをパーっと見渡して、主人公と目を合わせる。そして一緒に抜け出す。凄くかっこいい女の人のシーンが書かれていて。「あの2人を結局超えられなかったな」と思いながら書きました(笑)。

 オマージュはかなり多いです。「彼女」のセリフで「将来はド派手な洋服が似合うようなおばあちゃんになって、歳をとることを楽しめる大人でありたい」とあります。これは安達祐実さんにインタビューした時に「将来はすごく派手なおばあちゃんになりたい」と仰っていたことをそのまま書きました。歳をとることに対してワクワクしている女性が凄く魅力的だなと思っていて。安達さんには「発言を入れさせてもらいました。すみません」と手紙を書いたんですけど、最終的には帯のコメントまでいただきました。感謝しきれないです。(安達祐実さんの帯文「ドキドキする。好きな人を想うときみたいに。」)

Twitterと小説の文体は違った

――Twitterで14万人以上フォロワーのいるカツセさんですが、Twitterと小説では書き方が全然違ったそうですね。どんな違いでしょう?

 140字で読ませようとすると、最初に興味を引くような強い言葉から始めることが多いです。句読点はできるだけ少なく、一気に読ませる工夫とかもしていました。でも10万字を書くとなると、全然違う。短い文節から膨らませていくのは、苦労もしましたけど、楽しかったです。

 読者としてずっと好きだった村山由佳先生が帯文を書いてくださったんですけど、コメントに合わせて長い感想文もくださったんです。(村山由佳さんの帯文「痛くて愛おしいのは、これがあなたの物語だからだ。カツセの魔法は長編でも健在。」)そこで指摘されたのが、Twitterのように一文に情報を詰め込みすぎる癖があることでした。「一読しただけでこれを言える村山先生、やっぱりすごいなあ…」と改めて思いました(笑)。まさにそうだったんですよ。その感想をいただいた後の改稿で、さらに調整もしました。

――小説は今後も書いていきますか?

 書きたいと思いました。村山先生の感想で、情報を盛り込みすぎる癖も「これからたくさん書いていけばほぐれていくと思います」とあって。あ、俺、これからも書くんだなと思いました(笑)。このコメントをもらって、今作でどれだけ酷評がきても、次でクリアすればいいハードルなんだと思えたのが大きかったです。この作品を世に出すことで出てくる反応は、全部真摯に聞こうと思えました。

 次は、今作で多用していた音楽や地名の固有名詞はできるだけ省いて、登場人物も自分とかけ離れた小説を書きたいと思っています。AV女優で作家もされている紗倉まなさんの小説『春、死なん』が最高に面白かったんですよ。70歳のおじいちゃんの物語なんですけど、年齢も性別も異なる紗倉さんがこの主人公の視点を鮮明に描けることに、怖さすらありました。「これが作家ってことだよな」と思って、悔しかった。悔しいと思えたので、次は挑戦してみてもいいのかなと思っています。

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