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寺地はるな「水を縫う」書評 「普通」に優しく突きつけるNO

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2020年07月11日
水を縫う 著者:寺地 はるな 出版社:集英社 ジャンル:小説

ISBN: 9784087717129
発売⽇: 2020/05/26
サイズ: 19cm/240p

水を縫う [著]寺地はるな

 「なあ、お父さん。服つくるのって、たいへん?」「姉ちゃんの結婚式のドレス、おばあちゃんとつくることになってん」
 この言葉からあなたは、どんな人物を思い浮かべるだろうか。姉のために心を込めてドレスを縫う妹――そんな想像をした人が多かったのではないか。
 セリフの主は松岡清澄。刺繡が趣味の男子高校生である。さらに言えば、そこに姉への愛はさほどない。ただ自分が楽しいからやってみたいのだ。
 松岡家は祖母、母、姉、そして清澄の四人家族。堅実で真面目、平穏な日々を過ごす〈普通〉の一家だ。だがそれぞれに、〈普通〉に括(くく)れない面がある。
 清澄は〈男なのに〉針仕事が好きだ。姉は〈女なのに〉可愛いものが苦手で、ヒラヒラしたドレスを拒否する。〈母親なのに〉子どものために手間をかけることを面倒に思う母。〈女なのに〉自由に生きたいと願う祖母。離婚して出ていった父は〈父親なのに〉経済力がなかった。
 それは変なこと? 本書では彼らの思いが淡々と、時に激しく綴られる。〈普通〉を押し付けられることの違和感。わかってもらえない閉塞感と諦め。そもそも〈普通〉とは何なのか。
 だが興味深いのは、そんな彼らですら、〈普通〉のフィルターを通して他者を見てしまう場面である。
 母は息子に「普通の男の子みたいに」スポーツをやってほしいと願う。祖母は孫の同級生を「女の子やのに、数学が得意やなんてすごいね」と褒める。刷り込みの強さの現れだ。
 彼らは悩みつつも、さまざまな出会いや体験を通して次第に〈普通〉の呪縛から解放されていく。自分と他人を等しく認められるようになっていく。彼らが新たな扉を開く様子はとても清々(すがすが)しく、心が震えた。
 男らしく。女なのに。母親だから。父親として。家族なら。ステレオタイプな〈普通〉に、優しくNOを突きつける一冊だ。
    ◇
 てらち・はるな 1977年生まれ。2015年、『ビオレタ』でデビュー。著書に『わたしの良い子』など。