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第163回芥川賞・直木賞を振り返る 吉田修一さん、宮部みゆきさんが講評

芥川賞に決まった高山羽根子さん(右)と遠野遥さん。距離を保ってのツーショット撮影となった=上原佳久撮影

直木賞「少年と犬」 「犬でお涙」とは違う馳作品

 直木賞は7度目の候補だった馳さんの評価が高く、「すんなりと話がまとまった」と、選考委員の宮部みゆきさんが講評で語った。「犬はずるいよ、卑怯(ひきょう)だよという声もありましたが、動物を扱って読者の涙を誘うだけのあざとい作品にはなっていない」。善良なだけでない登場人物は、暗黒街を描く「ノワール小説」で知られる「馳さんにしか書けない」と、早々に受賞が決まった。

 その後「もう一作出すかどうか」が議論に。次点に肩を並べたのは、戦国武将の松永久秀を主人公にした今村翔吾さんの「じんかん」と、岩手・盛岡のホームスパン(毛織物)工房を舞台にした伊吹有喜さんの「雲を紡ぐ」。最終的には、2作受賞とするかどうかで投票したが、1票差で「少年と犬」のみが受賞することで落ち着いた。

 今村さんは「歴史上の敗者を描いて、分厚いページを一気に読ませる。何とか受賞させたい」という意見がある一方、「長すぎる」「後半が駆け足になってしまう」との声も。伊吹さんは「万人に薦められる家族小説であり、お仕事小説」だが、「ここが伊吹さんだというフックがない」。登場人物が類型的だという意見もあったという。

芥川賞「首里の馬」「破局」 「直球」と「偏り」魅力の2作

 対照的にダブル受賞となった芥川賞は、選考委員による投票を繰り返して候補作をふるいにかけたようだ。まずは、高山さんと遠野さん、劇作家の石原燃さん「赤い砂を蹴る」の3作に絞られた、と選考委員の吉田修一さんが語った。議論を重ねて再び投票した結果、半数を超える点数を獲得した2作の受賞が決まった。

 3度目の候補入りで受賞した高山さんは「これまでの集大成。書きたいことが読者にストレートに伝わる作品」と吉田さん。デビュー2作目で初めて候補になった遠野さんは、登場人物の造形をめぐり賛否があったが、「主人公が変な倫理観や世の中のマナーをすごく意識していて、その割には行動にまったく出てこない。人間としてのアンバランスな感じが魅力的に読めた」と話した。

 母娘の和解を描く作品で次点となった石原さんは、母親が作家の津島佑子、祖父が太宰治であることも選考会で話題に。「会話のなかで言いたいことをストレートに書きすぎているところが、小説としてどうなのか」との評価にとどまったが、「これを習作として、作者が本当に書こうと思うことに向き合ったときに出てくる作品に期待したい」と述べた。

芥川賞の選考会場。席のあいだにはアクリル板が立てられ、モニターが設置された=日本文学振興会提供

コロナ、リモート参加の委員も

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今回は様相の異なる発表となった。

 選考会には、芥川賞は川上弘美さんと堀江敏幸さんが、直木賞は高村薫さんがオンラインでの参加となった。選考会場にはモニターが設置され、出席した委員のあいだにはアクリル板が立てられた。会場はいつもの料亭だが、食事は供されず、開始時間も2時間前倒しされた。

 異例の選考会について、宮部さんは「いつものように距離が近かったら、もっと議論が伯仲したのかもしれない」としつつ、「それで結果が左右されるほど各委員が作品を読み込んでいないわけはなく、議論は尽くせたと思う」。吉田さんも「個人的な印象としては、これまでの選考と変わりがなかった。ほぼいつも通りの流れだった」と話した。

 受賞者の記者会見場は、密集を避けるために入場する記者やカメラマンの人数が制限された。登壇した受賞者の正面には、アクリル板が用意された。受賞者が並んでの撮影時には、主催者側が間隔を空けるよう受賞者に促す一幕もあった。(興野優平、山崎聡)=朝日新聞2020年7月22日掲載