1. HOME
  2. インタビュー
  3. えほん新定番
  4. さいとうしのぶさんの絵本「あっちゃんあがつく たべものあいうえお」 69音分の名前と食べものがずらり 

さいとうしのぶさんの絵本「あっちゃんあがつく たべものあいうえお」 69音分の名前と食べものがずらり 

文:澤田聡子、写真:リーブル提供(作家写真は本人提供)

あそび歌に心惹かれて

——「あっちゃん/あがつく/あいすくりーむ」「いっちゃん/いがつく/いちごじゃむ」。ページをめくると、五十音順においしそうな食べものが次々と現れ、心が踊る。わらべうた風の旋律に乗せ、歌いながら楽しめる『あっちゃんあがつく たべものあいうえお』(原案・峯 陽/リーブル)。2001年の刊行から現在までに50刷、44万部と版を重ねるロングセラー絵本だ。絵本作家のさいとうしのぶさんは、「1年生の女の子が口ずさんでいたあそび歌が、絵本を作るヒントになりました」と振り返る。

『あっちゃんあがつく たべものあいうえお』(リーブル)より

 絵本作家になりたいと思い、絵本を作り始めたのがちょうど30歳のとき。少しでも子どもたちと接する機会を増やそうと、近くの小学校の学童保育でアルバイトをしていたんです。2年間、指導員として働いていましたが、今思い出してもとても濃密で楽しい時間でした。当時から親子に向けて「手作り絵本」を教える活動もしていたので、学童でもいろんな素材を使って、毎日のように子どもたちと絵本を作っていました。よく覚えているのは、食べ終えたおやつのパッケージを貼った『おやつのじかんだよ〜』という作品。作った後も「せんせい、おいしいにおいがするで〜」「どのお菓子がすき? 私これ〜」と、楽しんでいました。

 あるとき、学童で1年生の女の子が「あっちゃん、あがつく、あいすくりーむ♪ いっちゃん、いがつくいちごじゃむ♪」と口ずさんでいたことがありました。その歌になぜか心惹かれるものがあって。「面白いね、なんの歌?」と尋ねたら、保育園の先生から教わったんだそう。「早速、絵本にしてみよう!」と盛り上がり、「か行」からみんなでオリジナルの歌詞を考えて小さな絵本を作りました。リーブルの編集さんに何気なくその話をしたところ、「ぜひ絵本にしましょう」と言ってくださったんです。

 絵本を作ることになって、「元となっている歌は誰が作ったのか」という調査から始めました。昔からあるあそび歌ということで、いろいろ心当たりを探してみたんですが、なかなか分からなかったんです。最終的に女の子が通っていた保育園に聞きにいくと、「古い歌ですからねえ……」と先生も思案顔。調べてくださった結果、作詞・作曲家の峯陽(みね・よう)さんが作られた歌だと分かりました。

わらべうたのような節回しで歌いながら絵本が読める

 峯陽さんは戦後、童謡やあそび歌をたくさん手がけられてきた方で、『おばけなんてないさ』や『カレーライスのうた』など、歌を聴けば知っているものばかり。早速、ご挨拶にうかがったんですが、「ぼくの歌は子どもたちが好きなように歌ってくれればいいんですよ」と、こころよく絵本の制作を許してくださいました。

 「あっちゃんあがつく」の節回しは、みなさんご存知の「みっちゃんみちみち……」というはやし歌に似ているんですけど、峯さんは「からかいや悪口にならない歌を作りたかった」とおっしゃっていて。「名前と一緒に好きな食べものを思い出して、子どもたちがうれしくなるような歌にしたい」という思いから作られたそうです。『あっちゃんあがつく たべものあいうえお』が、出来上がったときもとても喜んでくださって、あちこちで絵本を紹介していただきました。

ダイちゃん、ジュンコちゃんのページも

——原曲にある「あ」から「ん」の五十音だけでなく、濁音や半濁音も入っている本作。ページをめくるたびに子どもたちの大好きな食べものが次々と登場、なんと69音分もの見開きページがある。

 ずいぶん昔に作られた歌だったので、たとえば「て」は「てんぷらごはん」になっていたり、ちょっと現代ではなじみがないような食べものも原曲にはあったんですね。そこで、頭の文字が「あ」から「ん」までの食べものをリストアップ。学童の子どもたちに「どれがいいと思う?」とアンケートを取って、オリジナルのテキストを作ることにしました。

 なかなか決まらなかったのが「へ」。悩みながら当時住んでいた団地の敷地内を歩いていたら、上の階のベランダから学童に通っている子のお母さんが「さいとうせんせい〜っ! 『へ』は『へそまんじゅう』でどうでしょう?」って叫んでくださって(笑)。子どもたちが家でも「なんか、『へ』がつく食べものないかなあ」とお話ししてくれているんだな、家族で一生懸命考えてくれたんだなあ、とうれしくなりました。

 せっかくアイデアを出してくださったんですが、結局「へそまんじゅう」は原曲でも使われていて、全国的にあまりメジャーではないこともあり、1年生の女の子が出してくれた案、「へるしーさらだ」を採用。今だったら「へーぜるなっつ」にしたかもしれませんね。

原曲にはない、濁音・半濁音を使ったページも

 やっと、「あ」から「ん」までラフスケッチが描けたというときに編集さんから電話があったんです。「さいとうさん、大変です! このままでは、ダイちゃんやジュンコちゃんが遊べません!」「えーっ!」(笑)。そこで、五十音だけでなく、濁音や半濁音も入れましょうということになり、当初想定していたページ数の倍近くになりました。大変でしたが、ジュンコちゃんやダイちゃんのためにコツコツと描いていきました。

生き生きとした食べものたち

——伸び伸びと動き回る、擬人化された食べものの描写もさいとうさんの真骨頂。一枚の絵の中にストーリーが感じられ、細部まで読み込む楽しさがある。

 デビュー作の『よーいよーいよい』(ひさかたチャイルド)を読んでいただくと分かるんですけど、それまでは普通に人物を描いていたんです。この絵本から、食べものに目鼻と手足を付けて描くようになったので、転機となった作品かもしれません。

 「あいすくりーむ」のページも、最初は「あっちゃん」がアイスを食べるラフを描いていたんですけど、何度も歌っていたらアイスクリームが踊っている絵がパッと浮かんで「これだ!」。いろんな種類のアイスクリームを描こうと、コンビニに行って買い込みましたが、「アイス最中」を買うのをうっかり忘れてしまって。もう一度コンビニに戻ったら、店員さんから「……今日は暑いですもんね〜」と言われて恥ずかしかったことまで、よく覚えています。

「だるまさんがころんだ」をするたこ焼きが、遊びに夢中の子らの姿を映し出す

 見開きの左ページには、文章と共に食べものたちがいろんな「あそび」をしているシーンを入れています。追いかけっこしたり、棒で地面に落書きしていたり、長縄跳びにだるまさんころんだ……。ラフを描いているときに思い浮かべていたのは、学童の子どもたちが遊んでいるときの生き生きとした様子や表情。それが自然と手から出力されて絵になった、という感じです。

——おいしそうな食べものが登場する絵本と共に、よくテーマにしているのは、「わらべうた」。『あぶくたった』(ひさかたチャイルド)、『十二支のかぞえうた』(佼成出版社)、「かぞえうたのえほん」シリーズ(リーブル)など、歌いながら遊べる絵本の数々を手がけてきた。コロナ禍の最中に出版した絵本も『あかちゃんとわらべうたであそびましょ!』(のら書店)だ。

 特に「わらべうたをテーマにしょう!」と意気込んでいるわけではないんですけど、依頼を受けるうち、いつの間にかわらべうたや数え歌の作品が増えていった……という感じです。私はずっと大阪・堺市に住んでいるのですが、関西弁特有の抑揚やリズムがわらべうたに似ているところはあるかもしれません。関西の人って、お風呂に入るときも「いーち、にーい、さん、しい……」と節を付けて歌うように数を数えますもんね。

 0歳児からおじいちゃんおばあちゃんまで年齢制限のない講演会を「絵本ライブ」という形で開いていたのですが、2〜3歳の子どもってじっとしていられなくて、30分くらいするとガサゴソしてくるんですよ。でも、わらべうたや手遊び歌を始めた途端、それまで後ろを向いていたような子もパッと振り返ったりする。0歳の赤ちゃんも歌に合わせて自然に体を揺らしている……それを見て、やっぱりわらべうたって人を魅了するものがあるんだなと実感しました。伴奏がなくても歌えるし、子どもから大人まで年齢問わず楽しめるのがすばらしいですよね。

名前の頭文字と好きな食べものの絵を自由に描きこめるページも(撮影/澤田聡子)

 コロナ禍で小さいお子さんがいるご家庭は、なかなかおでかけできない日々が続いていると思います。ずっと家族全員が家にいると大変なこともありますが、逆に考えると一生のうちこういう機会はなかなかない。外遊びができない分、ゆっくりと親子で時間を共有してわらべうたを歌ったり、絵本を読んだりしてみてはいかがでしょうか。本当に子どもってあっという間に大きくなってしまうから、今、一緒にいられる時間を大切にしてほしい。親子の触れ合いのきっかけとして、絵本を手に取ってくださるとうれしいですね。