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「バンクシー 壁に隠れた男の正体」書評 描く場所の妙と強い主張で頭角

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2020年08月01日
バンクシー 壁に隠れた男の正体 著者:ウィル・エルスワース=ジョーンズ 出版社:パルコエンタテインメント事業部 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784865063349
発売⽇: 2020/05/29
サイズ: 19cm/481p

バンクシー 壁に隠れた男の正体 [著]ウィル・エルスワース=ジョーンズ

 ヒップホップという言葉は定着したが、本来それはラップ、ブレークダンス、そしてグラフィティアートという三つのジャンルによって形成されている。
 本書はそのグラフィティから世に出て、いまや世界で最も尊敬され、注目されるアーティストとなった正体不明のバンクシーのこれまでを描いた書物である。
 元来グラフィティはストリートアートとも呼ばれ、基本的に他人の所有する壁や電車に直接スプレーで、あるいはステンシルを使用して(切り抜いたプレートの上からスプレーなどを吹きつける)描かれる。
 したがって器物損壊という犯罪性をあえて持ち、さらにタグと呼ばれるデザインされた自分の名を記すことが多く、また他人のグラフィティの上にタグを描くというバトルのようなことにも特徴がある。
 そのある種、語るとなるとひとことでは難しい中から、バンクシーは「どこに何を描くか」という、いわば借景の妙とメッセージの強さで頭角をあらわした。
 先日は英国の病院に寄付される形で、子供が医療関係者をままごとのヒーローとする絵が発表されて話題を呼んだが、病院に贈られた以上、私はストレートに取っていいと思っている。彼の作品は、常にどこに置かれるかで価値が変わる。
 それは美術館に資本主義批判のパロディー画を置いてきてしまう行為や、私もイスラエルで見たが分離壁にパレスチナ側に立つ〝落書き〟をする命がけの行為にも一貫する。また対価がそこにないのも彼らしい。ロビン・フッドのように。
 しかしむろん町に描かれる作品は勝手に「分離」され、値が乱高下する。そのために公式に本人作と認定する機関が作られ、価値が決まる。これ自体は株式化するアートを否定しているはずのバンクシーにさえ覆せないシステムの強さだ。
 財産のためのアートの鼻を明かすバンクシーが今後どう動くかは、この本の延長線上にあるのだろう。
    ◇
Will Ellsworth-Jones 英紙サンデー・タイムズのニューヨーク特派員。『私たちは闘わない』(未邦訳)。