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没後55年、読み継がれる乱歩ワールドに触れる4冊

文:朝宮運河

 名探偵明智小五郎の生みの親として知られる、日本ミステリー小説の祖・江戸川乱歩。没後55年を経た今日でも、怪しくも懐かしい乱歩ワールドは読者を魅了してやまない。
 奈落一騎著、荒俣宏監修『江戸川乱歩語辞典』(誠文堂新光社)は、乱歩にまつわる言葉を蒐集し、解説を加えたユニークな辞典だ。乱歩作品の登場人物や舞台、名台詞、小道具をはじめ、乱歩その人と関わりのあるキーワードや人名も掲載。〈一寸法師〉〈H・P・ラヴクラフト〉〈隠れ蓑願望〉〈三角館〉〈探偵七つ道具〉〈ニセ明智小五郎〉……などの項目が五十音順に並んでいる。中には『盲獣』で真犯人が口ずさむ歌〈芋虫ゴーロゴロ、芋虫ゴーロゴロ〉や、『青銅の魔人』で怪物が立てる音〈ギリギリ、ギリギリ〉といった項目まであり、マニアックな着眼点ににやりとしてしまう。
 膨大な映像化作品やコミック、乱歩に影響を受けたロックバンド(人間椅子や筋肉少女帯)までもカバー。多くのクリエイターが携わってきた“乱歩カルチャー”の全体像を、これ一冊で把握することが可能だ。著名人による乱歩作品ベスト3、作品の舞台を紹介するマップなど企画ページも充実。これほど通読欲をそそられる辞典も珍しい。

 この楽しい辞典のお蔭で、心はすっかり乱歩モード。そこで今月の怪奇幻想時評では、江戸川乱歩にゆかりのある本をさらに紹介してみたい。
 1949年に十代の若さで作家デビュー。江戸川乱歩ら先輩・同輩作家との交友を綴った『わが懐旧的探偵作家論』で日本推理作家協会賞を受賞したミステリー作家・山村正夫は、怪奇幻想系の作品も数多く執筆している。『断頭台/疫病』(日下三蔵編、竹書房文庫)は、その中でも屈指の完成度を誇る短編集『断頭台』に、ギリシア・ローマ史に材をとった3編を加えた傑作選。編者が〈山村正夫の「ベスト・オブ・ベスト」〉と太鼓判を押すだけあって、実に読み応えのある一冊だ。
 表題作「断頭台」は、フランス革命を背景にした芝居で死刑執行吏サンソンを演じることになった、冴えない役者の物語。異常心理が引き起こす血みどろの惨劇を、ポーの諸作を思わせる緊密な構成で描いており、今なお衝撃的である。衝撃的といえば孤児院を舞台にした異色ミステリー「天使」で示されるビジョンも相当なもの。数奇な心中事件を扱ったフェティシズム小説「女雛」は、乱歩の「人でなしの恋」へのオマージュとして読むこともできそうだ。収録作の多くは1950年代、60年代に書かれたものだが、切れ味鋭い文体はまったく時代性を感じさせない。こんなすごい作家がいたのか、と驚いてほしい。

 今春新創刊されて以来、順調に刊行ペースを保っている怪奇幻想文学の専門誌『幻想と怪奇』(牧原勝志企画・編集、新紀元社)。第3号の特集は〈平井呈一と西洋怪談の愉しみ〉だ。乱歩が〈まれに見る西洋怪談文学の愛好家〉と評した翻訳家・平井呈一の功績にあらためて光を当て、平井が愛してやまなかった西洋怪談の短編を新旧織りまぜて掲載している。
 佐野史郎、南條竹則ら各界で活躍する“平井チルドレン”によるエッセイ・評論はいずれも胸に迫る名文ぞろい。とりわけ紀田順一郎「平井呈一とその時代」と荒俣宏「平井呈一年譜の作成を終えて」は、晩年の平井を知る両氏ならではの貴重な情報が満載である。小説は平井の訳したM・R・ジェイムズ「消えた心臓」を筆頭に、古風でムードのある作品が並ぶ。読んでいて背筋がひやっとしたのは、F・マリオン・クローフォードの人形奇譚「幻のニーナ」と、ラムジー・キャンベルの学校怪談「ジャスパーはそこにいる」。説明がつきそうでつかない幕切れがいつまでも不気味な余韻を残す。残暑厳しい折、この怖さをぜひ味わってほしい。

 『贄宴 山下昇平作品集』(二見書房)は舞台美術などで活躍している気鋭の造形作家・山下昇平の第一作品集。ポプラ文庫の「てのひら怪談」シリーズや、最東対地のホラー小説『おるすばん』のカバーの立体造形を手がけた人物といえば、思い当たる読者もあるだろう。オールカラーで撮影されたグロテスクにして可憐な造型物(その多くは体の一部がおぞましく変形した少女像だ)を眺めていると、胸の中に妖しい物語が次々と湧きあがってくる。
 京極夏彦、川奈まり子、黒史郎、最東対地の4名が、山下作品にインスパイアされた掌編を寄稿しているのも特筆すべき点。アートと文学の饗宴を愉しみたい。解説において東雅夫が乱歩の「白昼夢」を引用しているように、本書はまさに乱歩風の“美しき猟奇”の正統な継承者である。人形愛好家の乱歩が山下作品を眺めたら、はたしてどんな感想を洩らすだろうか。

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