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オノ・ナツメ「ハヴ・ア・グレイト・サンデー」 男の理想郷に女性作者が見るものは

  オノ・ナツメの『ハヴ・ア・グレイト・サンデー』の4巻目が出て完結しました。オノ・ナツメは、イタリアの人情話も、アメリカでの犯罪物も、江戸が舞台の時代劇も描ける多才なマンガ家です。しかし、本作は、それらともまたちょっと変わって、現代日本で展開する家族ドラマです。

 主人公は楽々居輪治(ささいりんじ)という初老の小説家です。アメリカ人の妻はニューヨークに住んでいますが、息子マックスと娘のレイチェルはそれぞれ結婚して日本で家庭を作っています。日曜になると、一人暮らしの輪治の家に、息子マックスと、レイチェルの夫である娘ムコのヤスがやって来て、男3人で一緒に食事したりお酒を飲んだりします。本作は、その日曜ごとの出来事を毎回6ページで描いています。

 初めてこのマンガを見たとき、小津安二郎の映画みたいだなと思いました。酒を飲み、おいしそうなものを食べて、何ということのない話で時を過ごす男たちのユートピア。そう、これは家族ドラマのはずなのに、男3人だけで作る理想郷の物語なのです。

 女たちも登場しますが、重要な役割は果たしません。なぜなら、女は出産や子育てに関わるので、どうしてもその物語に時間的変化の要素が入ってきてしまいます。しかし、輪治たち男3人のユートピアは、お伽(とぎ)話の仙境と同じで、時間が流れていないのです。ですから、私たちはこのマンガを読んでいる一瞬のあいだだけ、時間に追われる俗世間を忘れることができるのです。

 女性である作者が男だけのユートピアを描き、そこにある種の魂の慰撫(いぶ)を見ていることに興味を引かれます。

 第17巻が出たよしながふみの『きのう何食べた?』も、女性の作者が男2人のユートピアを描くマンガです。こちらはオノ作品以上に、一緒に料理を作って食べることが重要な位置を占めています。TVドラマや映画になるのは、作中で描かれる料理と食事の場面の魅力が大きいでしょう。

 オノの作品が4巻であっさり終わったのに比して、『きのう何食べた?』は大長編になりつつあるので、当初の食と思いやりによる男たちのユートピアという設定には変化が入りこみつつあるようです。最新巻で主人公シロさんの両親が老人ホームに入るという挿話も、否応(いやおう)なく男たちのユートピアが時間の流れのなかで変質していることを表しています。次巻の予告で、シロさんが相手のケンジに、「この先俺が死んだ後の事なんだけどさ」といっていることがものすごく気になります。=朝日新聞2020年9月9日掲載