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「閃光の記憶」「ヒロシマ」 「あの日」はどう語られてきたか 朝日新聞書評から

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2020年09月19日
閃光の記憶 被爆75年 著者:松村 明 出版社:長崎文献社 ジャンル:写真集

ISBN: 9784888513388
発売⽇: 2020/07/01
サイズ: 26cm/135p

ヒロシマ グローバルな記憶文化の形成 著者:若尾祐司 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784815809942
発売⽇: 2020/07/16
サイズ: 22cm/333,83p

閃光の記憶 被爆75年 [著]松村明/ヒロシマ [著]ラン・ツヴァイゲンバーグ

 『閃光(せんこう)の記憶』は、75年前に長崎で被爆した53人の方々の写真集である。見開きに一人ずつ、左側に生年と被爆地、そして「被爆の瞬間」「その後の記憶」「伝えたいメッセージ」が、いずれも数行の短さで記されている。その下には英訳がある。右側には、肖像写真が大きく掲載されている。
 被写体の中には、被爆経験についての証言や核兵器廃絶運動などに従事されてきた方々も多く含まれている。しかしそうした活動や人生の説明はほとんど省かれている。「あの日」の地獄の描写には胸をえぐられるが、そこから現在までの間には時間の隔たりがある。おのずと読者は、隔たりを埋めるものを求めて肖像写真に見入る。
 53枚の写真から私が受けた印象は、長い月日の中で研磨されたような悲しみと、長い月日の中でいっそうたぎるような怒りと意志であった。英訳が付されていることは、その悲しみ、怒り、意志の向けられる先が、人類の全体、特に原子爆弾を投下した側に照準されていることを示す。
 他方で、言葉によって「あの日」を語り、遺物を保存・展示し、式典などの行為で受け継ぐ営みは、苦難と屈折に満ちた経緯をたどってきた。『ヒロシマ』は、そうした戦後史を、アウシュヴィッツを合わせ鏡として詳細に論じる。
 著者の4人の祖父母のうち3人までがホロコーストの経験者であり、それぞれ異なる仕方で戦時の記憶を語り、あるいは沈黙してきた。長じて広島を訪れた著者は、ホロコーストと原爆が深く関係しあいながらグローバルな「歴史」の認識を形成していることを知り、それを本書で展開している。
 二つの悲劇の記憶が、その後の政治・産業・文化・科学・運動によってどのように扱われてきたのかに関する複雑な記述を、ここで要約することは難しい。銘記すべきは、原爆の経験が、乗り越えるべき「過ち」、平和に向かう希望の起点として位置づけられ、加害と被害の生々しい事実の直視や、核を生み出した近代科学そのものの根底的問い直しにはいたっていないという著者の見方である。
 私が想起したのは、平和式典における前首相のやる気のないスピーチである。国際政治の中で宙づりにされ、フクシマの事故を経てなお原子力の脅威から目を背けようとする、欺瞞(ぎまん)の言葉、形骸化した祈念がそこにはある。
 だが現在、核の危機が膨張する中で、ヒロシマとナガサキはいっそう重視されるべきだ、と著者は述べる。その記憶がどう語られてきたのかに関する検証が、今こそ切実に求められているのだと。論争的な提起を掲げる本書自体の内容も含め、議論と検討が進むことを期待する。
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まつむら・あきら 1946年生まれ。写真家。元毎日新聞写真部、元九州造形短期大教授▽Ran Zwigenberg 1976年生まれ。ペンシルベニア州立大准教授(歴史学)。本書でジョン・ホイットニー・ホール著作賞。