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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #18 飛べ!あさどり おじさんたちは大空をめざす

文:東山彰良 写真:河合真人

 八方ふさがりである。

 そもそもどこか遠くを旅して、それを面白おかしくエッセーに描こうというのが当コーナーの趣旨である。これまでに石垣や台湾へ行ったし、神戸や広島も訪れた。いずれの地でも好奇心いっぱい、おじさんたちは疲れ知らずに漫(そぞ)ろ歩き、風の吹くまま気の向くままに見聞を広げ、そしておおいに飲んだ。ここで言うおじさんたちとは、私、本欄担当のR記者、カメラマンのKさんのことである。朝日新聞社のパイロットのMキャプテン、メカニックのNくんなどが喉(のど)を潤しに合流することもあった。もうひとり、腕はたしかだが人でなしの副操縦士Sくんというのがいて、コロナさえなければ彼も東京から馳(は)せ参じる手はずだった。

 こんちくしょうのコロナめ!

 あらゆることに関して自粛が常態となってからというもの、私たちはどうにか近場で当座をしのいできた。なあに、月イチの連載だもの、お茶を濁しているうちにまた正々堂々と旅ができるようになるにちがいない。それに私にとっての近場が、読者諸賢にとっても近場であるとはかぎらない。いや、むしろ私にとっての近場のほうが、思い入れ深いものが書けるはずだ……と、まあ、そんな料簡(りょうけん)でこれまで土俵際で持ちこたえてきたのだが、とうとうにっちもさっちもいかなくなってしまった。騙(だま)し騙しにそのへんの海岸(愛宕浜)、なんの変哲もない商店街(西新商店街)、ダメ押しに空想上の旅まで書いてしまったとあっては、いよいよネタが切れてしまったのである。

抜けるような青空の下、搭乗するヘリコプターの横でちょっとポーズをとってみた=福岡市東区

 進退窮まったときは開き直るしかない。「だって俺のせいじゃないもん、そっちでなんか考えてくださいよ」とR記者に丸投げしたところ、ものすごいカードを切ってきた。

 「じゃあ、ヘリコプターを飛ばしますよ」

 目をぱちくりさせている私に、彼は事もなげに言ってのけた。

 「ヘリコプターに乗ってマジカル・ミステリー・ツアーと洒落(しゃれ)込みましょう」

 ううむ、組むべきは大手新聞社だ。

 松本清張、北原白秋ら、かつては錚々(そうそう)たる文学者たちが朝日新聞社の社機に乗ったという。しかしジェット機とヘリコプターの両方に乗ったのは、私が最初ではなかろうか。私はたちまち機嫌を直し、意気揚々と福岡市東区の奈多ヘリポートへと赴いた。戦時中は旧日本軍の雁ノ巣飛行場だったところである。

 白雲が目にまぶしい、まさにマジカル・ミステリー・ツアーにうってつけの大好天だった。予定されている飛行ルートは、Mキャプテンしか知らない。否(いや)が応にも期待が膨らむ。R記者によれば、飛行機とちがってヘリコプターは酔いやすいのだという。そんなわけで私は昼食を抜き、いつでも服(の)めるように酔い止めを握りしめ、「トップガン」のトム・クルーズよろしく、サングラスをしっかりかけて機上の人となったのだった。

朝日新聞社のヘリコプター「あさどり」に乗り込み笑顔を見せる東山さん=福岡市東区

 今回私が乗ったのは、MDエクスプローラーの「あさどり」である。私たちの命と操縦桿(かん)を握るのは、もちろんMキャプテンだ。ジェット機ならば、砲弾が撃ち出されるように飛び出していく。加速し、その勢いで飛び立つ。しかし地面を離れた「あさどり」は、まるでガチョウのようにヘリパッドまでよたよたと飛んだ。滑走路すれすれに浮いている不思議に、私はなんだか心許(こころもと)ないような気がした。

 「離陸します」

 Mキャプテンの声がヘッドセットから届く。すると「あさどり」がひとつうなずき(本当に機首をぐっと下げたのだ!)、次の瞬間には真っ青な天空に舞い上がっていた。

 午後3時、私たちは苛烈(かれつ)な陽射(ひざ)しで白っぽくかすむヘリポートを見下ろしながら、まず東へ針路を取った。すぐに管制圏(Mキャプテンの言葉の端々から私が推測したところでは、おそらく事前申請が必要な空域のこと)へ入り、南下して太宰府天満宮の上空を飛行した。

 ひと言で言って、快適であった。風はなく、おかげで乗り物酔いもしない。地上300メートルという低空から、私は私にまつわるいろんなものを見せてもらった。20年以上暮らした福岡県小郡市の家、降っても照っても乗っていた西鉄電車、博多駅、天神界隈(かいわい)、人生の半分を非常勤講師として過ごした大学、室見川、能古島、現在の家――まるで自分の人生について書かれた一冊の本を斜め読みしているような気分だった。

JR博多駅(右手前)から福岡市街地を見る。奥には志賀島が見えた=福岡市博多区、朝日新聞社ヘリから

 正味小1時間ほどの遊覧飛行だったが、私はおおいに満足した。このツアーを企画してくれたR記者に心から礼を言うと、彼がしれっと言った。

 「なに言ってんですか、今日はただの肩慣らしですよ。本番は明日です」

 なんと!

 「Mキャプテンもやる気満々ですからね。今日はふつうに飛んで油断させておいて、明日は曲芸飛行をやる気かもしれませんよ」

 そう言って、にやにやしながら私を脅すのだった。こんな私のために2日もヘリコプターを飛ばしてくれるなんて、朝日新聞社は大丈夫なのだろうか? しかし、まあ、それは彼らの問題だ。

 さて、「あさどり」を降りた私たちは、西戸崎から渡船に乗って博多港へ戻った。ヘリコプターに乗るまえに車で志賀島を見物していたので、陸に海に空に、なんとも充実した一日だった。

 そんなわけで、おじさんたちの旅はいましばらくつづく。すくなくとも、マジカル・ミステリー・ツアー本番の顚末(てんまつ)を書かないことには終われない。=朝日新聞2020年9月19日掲載