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不穏な空気漂う青春×ミステリー 宇佐美まこと「夜の声を聴く」など杉江松恋さんが薦める新刊文庫3冊

杉江松恋が薦める文庫この新刊!

  1. 『夜の声を聴く』 宇佐美まこと著 朝日文庫 814円
  2. 『始まりはジ・エンド』 新津きよみ著 双葉文庫 693円
  3. 『指差す標識の事例』 上・下) イーアン・ペアーズ著 池央耿(ひろあき)ほか訳 創元推理文庫 各1386円

 (1)宇佐美作品には常に不穏な空気が漂っている。
 知能は高いが集団生活に馴染(なじ)めないため不登校を続ける〈僕〉こと堤隆太は、目の前で自殺未遂をした加島百合子に惹(ひ)かれ、彼女と同じ定時制高校に通い始める。そこで知り合った級友と隆太がリサイクルショップを手伝いながら、遭遇する不思議な出来事を解決していくのが前半の展開だ。だが十一年前に起きた殺人事件の存在が次第に大きなものとなり、彼らの運命を狂わせてしまう。

 (2)の作者は、当代きっての短篇(たんぺん)ミステリーの名手である。その最新作は、余命を見据えての身辺整理や家業の店じまいなど、人生の一区切りを共通項にした連作短篇集だ。末期癌(がん)で病床に就く妹の願いを姉が叶(かな)えようとする「死ぬまでにしてほしい五つのこと」をはじめ、七篇が収録されている。引き締まった語り口も魅力だが、ほろ苦い味わいがもたらされる各篇の幕切れが実に印象的である。

 (3)は十七世紀、王政復古時代の英国を舞台にした歴史ミステリーである。四人の語り手が書いた手記を継ぎ合わせた構成になっており、それぞれを四人の翻訳者が担当するという凝った作りになっている。第一の語り手であるヴェネツィア人の青年が毒殺事件に遭遇することから話は動きだす。彼の目に映った事件の様相と、第二の語り手のそれとはまったく異なる。四つの手記を合わせると壮大な物語が浮かび上がってくる趣向なのだ。=朝日新聞2020年10月3日掲載