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もらってきたもの 柴崎友香

 月餅(げっぺい)の画像がSNSに流れてきて、今日はお月見か、と外を見たら満月は薄雲越しに白く光っていた。

 五年前、初めて台湾に行ったのは中秋節の前の週だった。賑(にぎ)やかな市場で大きな文旦(日本のとは形が違う)が並び、路上でバーベキューをするとか、台湾の習慣が興味深かったが、どこにいっても会う人が月餅をくれた。出版社の人や書店でのイベントのお客さんから、お気に入りのお店のやお母さんの特製のをもらった。よく見かける平たい月餅と違って、小ぶりで丸っこい形、皮もパイみたいな生地だった。

 案内してくれた人が連れて行ってくれた魚スープ麺屋さんでは、店主のおばちゃんが帰りがけに魚フライを袋に詰めてくれ、さらに手製の月餅も持たせてくれた。人と人の距離の近い感じに、わたしは大阪を思い出し、それからこれまで訪ねた日本や外国のあちこちの町で出会った「おばちゃん」を思い出した。

 ベトナムの市場でもニューヨークのオペラ座でも、話しかけてくる人はたいていおばちゃんで、その度にわたしは見知らぬ土地にいる緊張がほっと緩んだ。東京に引っ越したばかりのときも、近所の洋食屋さんで隣のテーブルにいた女性たちのグループにみかん五個をもらい、大阪でも東京でもおばちゃんはいっしょやな、と安心したのだった。

 お金がなかった学生時代、美術展の入口で友達を待っていると、知らないおばちゃんが余ってるからと招待券をくれたことが何度かあった。先日、自分も招待券が余分にあって、誰か若い子にあげようかと入場券売り場をうろうろしたのだがタイミングがつかめず、ただの不審な人になってしまった。おばちゃんの行動は自然に見えて高度な技術が必要で、年齢だけは増えたのに自分はまだまだ修行が足りないと思った。

 今までたくさんもらってきたから、自分もなにかできたらなと思う。ものを渡すということでなく、ふとしたときに助けられてきた、小さななにか。=朝日新聞2020年10月7日掲載