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「リーグル 美術様式論」 新たな学問、生み出す「知」 小学館・高橋建さん

 大学受験に落ち、予備校通いを始めたが、受験のための勉強は砂を噛(か)むようで、退屈だった。しばしば授業をサボっては、マンガ喫茶などまだない時代だったので、予備校にあった学食の片隅で、さまざまな本を読みふけった。

 本書は、今日的な意味での美術史学の基礎を築いたウィーン学派の祖とされるリーグル(1858~1905)の代表作である。

 しかし当時は、そんなことはまったく知らず、たまたま書店店頭で立ち読みし、なぜか心引かれて読み始めたのだった。そのため、はじめのうちは、難解な訳語や用語に辟易(へきえき)した。

 「装飾史」という体裁をとりながら本書の中でリーグルは、美術作品はその内部に、個別的な歴史や地域、民族を超えて受け継がれていく普遍的で創造的な力を持ち、その力によって美術作品独自の歴史を紡ぎ出していくと主張した。

 芸術家の伝記の一部として語られるだけだったり、社会史や文化史に隷属していたりするような美術史学とは異なり、美術作品そのものの歴史として、その内的法則や発展理論を探究する学問としての美術史学を打ち立てたのである。

 壮大な構想と深い洞察力、膨大な資料についての詳細な分析。これまでにない新たな学問を生み出そうとする1人の人間の「知」の力の放つ輝きは、まばゆいばかりだった。

 本書によって、それまで漠然としたイメージしかなかった美術史学の魅力にすっかり幻惑された私は、まずは受験勉強にも励むよう、少しだけ心を改めた。=朝日新聞2020年10月14日掲載