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「当事者研究」書評 つらさ減らす希望の種ぎっしり

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月17日
当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復 著者:熊谷晋一郎 出版社:岩波書店 ジャンル:人生訓・人間関係・恋愛

ISBN: 9784000063371
発売⽇: 2020/07/17
サイズ: 20cm/217,43p

当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復 [著]熊谷晋一郎

 生きていて何だかつらい。なぜだかわからない。でもあまりにつらいので何とかしたい。あなたがその立場だったらどうする?
 治療や訓練によって、自分を変えようとするかもしれない。自分を苦しめる社会を変えようと働きかけるかもしれない。同じようにつらい仲間と語り合ってつらさを共有するかもしれない。これらはそれぞれに意味がある。だが、「当事者研究」は、このどれからも一歩先に進もうとする。
 自分を多数派に合わせて変えるのではなく、まずは自分のつらさの根源を、五感をはじめくり返されるパターンや連続性のあるストーリーとして把握し言葉にする。その際に、つらさは一人一人異なるので、その個別性を大事にする。
 そして一方的に社会を変えようとするというより、自分と社会の間にあるズレは何かを把握し、それを軽減しうる環境を工夫する。
 これらが「研究」たるゆえんだ。さらに、仲間うちだけでなく、「研究」の成果を広く公開してゆく。
 本書では、このような「当事者研究」の実例を、綾屋紗月さんによる自身の自閉スペクトラム症(ASD)の「研究」などを中心に紹介している。そこから強く印象付けられたのは、ASDとは環境に対してきわめて鋭敏な感覚をもっているがゆえに、世の中の多数派が無自覚に行っているようなざっくりしたまとめあげができず、多すぎる情報に襲われ続けている自分を守るために一定の閉じ方をせざるをえないということだ。
 なお、私も雑音や圧の強い高い声に弱く、雑談が下手で、「ヒトリ反省会」(綾屋さんの用語)をしがちである。思考が終わりなくぐるぐる回る「シュトコー」(同)にも陥りがちだが、何か声を出すことである程度は断ち切れる。
 つまり、私も当事者だし、あなたも何らかの当事者かもしれない。本書はかなりがっちりした専門書だが、様々な当事者にとって希望の種が詰まっている。
    ◇
くまがや・しんいちろう 1977年生まれ。東京大准教授、小児科医。脳性まひで車いす使用。『リハビリの夜』。