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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #19 続・飛べ!あさどり 行く先知れぬが、旅こそ全てさ!

文:東山彰良 写真:河合真人 (右上から時計回りに)唐津城、雲仙普賢岳、小値賀空港、九十九島、軍艦島、旧野首教会、野崎島=朝日新聞社ヘリから

 ざっと先月のおさらいをしておこう。

 本来、あちこちほっつき歩いてそれをエッセーに書くという趣旨の当コーナーだが、新型コロナウイルスのせいで外出がままならぬ昨今、とうとう刀折れ矢尽きてしまったのだった。

 ありていに言えば、ネタ切れである。

 不貞(ふて)腐れる私に担当のR記者が提案したのはマジカル・ミステリー・ツアー、すなわち行き先の知れぬヘリコプターに私を乗せて飛ばすというものだった。そのために彼は無謀にも自社ヘリを2日間押さえてくれた。初日は肩慣らしで、博多湾上空を小一時間ほど遊覧飛行した。それで私がヘリに酔いもしなければ怖がりもしないことをたしかめたうえで、いよいよツアー決行と相成ったのである。

 先月(実際には昨日)の遊覧飛行に引き続き、私たちは朝日新聞社の「あさどり」に颯爽(さっそう)と乗り込み、目が覚めるような快晴の天空に飛び立った。

 マジカル・ミステリー・ツアーだからして、行き先は操縦桿(かん)を握るMキャプテンしか知らない。そんなはずないだろうと何度もR記者を問い詰めたのだが、彼はすっとぼけて白を切るばかり。福岡市東区の奈多ヘリポートを離陸した「あさどり」は博多湾上空、福岡タワーを左手に見下ろしながら飛行した。

 つまり、我々は西へ向かっているというわけだ。

ひたすら西に向かう朝日新聞社ヘリ「あさどり」のコックピットから雄大な景色が広がっていた=佐賀県上空

 私はわくわくしながら、眼下の街並みを見下ろしていた。先月(実際には昨日)Mキャプテンに探りを入れてわかったのだが、「あさどり」は時速200キロで2時間くらい飛べるらしい。つまり、福岡から400キロくらいまでは行ける計算だ。しかし、行きっぱなしというわけにはいかない。復路のことを考えれば、我々の目的地は奈多ヘリポートから半径200キロ程度のところにあるはずだ。そしてヘリは西へ向かっている。

 《寄ってらっしゃい見てらっしゃい
 マジカル・ミステリー・ツアーだよ
 おいでよ
 これが招待状さ》

 言うまでもなく、私の頭のなかではビートルズの「マジカル・ミステリー・ツアー」が鳴り響いていた。この不思議な旅で私がなにを見たかって? 私は孤高の唐津城を見た。「母をたずねて三千里」の終わりの歌で、マルコを乗せてアルゼンチンまで飛んでいったような雲をいくつも見た。玄海原発を見た。長崎の九十九島の美しい島並みを見た。

 「あさどり」は軽快に海を越え、徐々に高度を下げていく。出発から1時間半ほどが経過していた。Mキャプテンは私たちを慎重にその島に降ろした。ヘリは午後の陽射(ひざ)しが燦燦(さんさん)と降り注ぐ無人の滑走路上を飛び、静かにヘリパッドに着陸した。私はサングラスをはずし、ちっぽけな空港ビルに書かれた島の名前を読んだ。

 小値賀(おぢか)島。

 そう、五島列島の北端に位置するその島が我々の目的地だった。感極まっている私に、R記者はしてやったりとばかりに笑いかけた。

 「ほら、無人島に行ってみたいって言ってたから」

 たしかに言った。無人島ならコロナを気にせずとも大丈夫だろうという軽い気持ちから。小値賀島は無人島ではない。2千人ほどが暮らしている。しかしそのほかは、なにもなさそうだった。帰宅してからネットで調べてみたけれど、小値賀島移住を推進するウェブサイトにも「小値賀島には、なにもありません。観光するところも、リゾート施設もコンビニもありません」と書かれていた。

本社ヘリに揺られて小値賀空港に降り立つ。今はほとんど使われていない滑走路脇を潮風に吹かれながら歩いた=長崎・小値賀島

 正味1時間弱で、私たちは島を離れた。その1時間弱のあいだに、私は無人の滑走路に沿って延びる舗道を歩いて海辺まで行ってみた。私がその島で見たのはアスファルトの滑走路と、草原と、海だけだった。失望しただろうって? ぜんぜん! 島の方は気を悪くするかもしれないが、私は穏やかなディストピアに身を置いているような気分だった。

 自然と調和しているものに触れると、私はいつでも死について考えてしまう。ほかに考えるべきこともないし、それにたぶん、死を内包していない調和などあり得ないからだ。小値賀島でのほんの短い滞在で私が感じた調和のようなものにも、たしかにのんびりとした死の気配があった。陽射しを避けて木陰で居眠りをしている死が、顔にかぶせた麦わら帽子をちょっとだけ持ち上げ、まぶしそうに私を見ていた。

 帰路でも多くのものを見た。

 映画「火宅の人」で緒形拳が流れつく野崎島をはじめ、辺りの島にたくさんの教会が望めた。遠藤周作の『沈黙』を思い出さずにはいられない。かつてこの辺りの島々には、多くの潜伏キリシタンがいた。長崎空港で給油し、また飛んだ。ゴルゴ13なら狙撃できそうなくらいまで近づいて、軍艦島の上空を旋回した。今年の大雨で軍艦島はひどく崩落したらしい。噴煙を上げる普賢岳。それから、原子爆弾の爆心地の500メートル上空を飛んだ。それは75年前の8月9日午前11時2分にあのひどい爆弾が爆発したのと同じ高さだった……。

玄海原子力発電所=佐賀県玄海町、朝日新聞社ヘリから

 私たちが観光名所と呼ぶじつに多くの場所が、死と苦しみに彩られている。苦痛の量がそのまま観光名所としての格付けになっているみたいだ。いったいなぜ? 敬愛するコーマック・マッカーシーは『ザ・ロード』という小説のなかでこう書いている。

 《胸に押し当てたいほど美しいものはすべて苦痛に起源を持つ。それは悲しみと灰から生まれる。》

 そうか、だから今回の旅で私が目にしたものはどれも美しかったのか。
 私はヘリコプターで生死や苦痛を高いところから鳥瞰(ちょうかん)した。そして鳥の目で見れば、この世はなべて事もなしだ。=朝日新聞2020年10月17日掲載