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恒川光太郎さん「真夜中のたずねびと」インタビュー 闇を旅する者たちの行き着く先は

文:朝宮運河 写真:有村蓮

異世界に〝入りこまない〟新しい恒川ワールド

――『真夜中のたずねびと』は、新潮社の電子版文芸誌「yom yom」に発表された短編をまとめたものですね。執筆にあたって、共通したテーマや〝縛り〟は設けていましたか。

 あらかじめ意識していたわけではないんですが、最初に書いた「母の肖像」という短編がほぼファンタジー要素のない作品だったので、今回はこの路線で揃えてみようかなと考えました。いつもその時の気分に従って書いているので、「母の肖像」がリアル寄りになったのはたまたまですね。

――デビュー作『夜市』を筆頭に、現実とは異なる世界が描かれるのが恒川ワールドの特色。しかし本書の5作は、あくまで現実の中でストーリーが展開します。

 何かを期待していても結局それが起こらない、ということがよくあるじゃないですか。楽しい出会いを期待して旅に出たのに、結局ビジネスホテルで寝ているだけだった、みたいなことが(笑)。ああいう時間が引き延ばされたような感覚、起こって欲しいファンタジーが最後まで起こらない感覚を出せたらいいなと思ったんです。いつもファンタジーを書いているので、たまにこういう作品を書くのも面白かったです。

さまよい続ける人たちの物語

――巻頭作「ずっと昔、あなたと二人で」の主人公・アキは、ある事件が原因で言葉を発することができなくなった少女。家族を失い、空き家を転々としていた彼女は、やがて霊能者の老婆とともに暮らし始めます。

 この作品はもともと「老婆と少年」というタイトルで、主人公もかなり風変わりな男の子でした。単行本化にあたって、心の傷が原因でちょっと不思議な行動を取ってしまう、という少女に変更したんです。それにあわせてエピソードも変えています。

 たとえばアキが高校生と遊園地でデートするという場面がありますが、もとのバージョンでは少年が風俗嬢っぽい女の人に連れられて、闇クラブに行くという展開でした。それが楽しい思い出となって、少年はミイラと一緒に闇クラブを訪れる(笑)。ただ読み返してみるとあまりに陰惨な気がして、綺麗なシーンに書き直しました。だいぶ印象が変わったと思います。

――アキは使命を受け、遠くの炭鉱町まで岩穴に埋まったままの少女・リョウコを探しに行きます。リョウコは大昔、老婆が生み落とした娘でした。

 どうしてこんな薄気味悪い話を考えてしまったのか、自分でも不思議なんですが、たぶん〝ホラー色のあるロードムービー〟みたいな作品を書きたかったんですね。アキは阪神大震災の被災地からあちこち旅をしてきて、物語の後半でまた旅に出ることになる。この本に入っている作品はどれも旅に出たり、放浪したりというシチュエーションが描かれています。「ずっと昔、あなたと二人で」はそのテーマが特に強く出た作品という気もします。家族を亡くして、さまよい続ける少女の物語なので。

――残酷で美しいラストシーンがとても印象的でした。結末をこうしよう、というのはあらかじめ決めて書かれているんですか。

 毎回決めていません。冒頭から書き進めていくうちに、これが一番いいかしら、という結末が見えてくるという感じですね。こういう書き方をしていると、途中で手が止まってしまうこともよくあります。そうなったら前半を細かく改稿したり設定をいじったりして、ストーリーがうまく流れるように改修工事を施します。

現実と幻覚のはざまに現れる超自然現象

――二作目の「母の肖像」の主人公・一馬は、殺人者の父、薬物依存症の母に育てられた過去をもつ青年。ある日、彼の前に現れた探偵が、10年以上音信不通だった母が彼を探していると告げます。

 社会問題を扱おうと思っているわけではないですが、日々ニュースで目にする話題が、自然と物語に入りこんできます。三話目の「やがて夕暮れが夜に」も、現実の少年犯罪に影響されたところがあるんですよ。

 ちなみにこの作品に出てくる咲島秋という探偵は、一話目に出てきたアキの成長した姿なんです。分かるように書いていないので気づく人は少ないと思うんですが。主人公の一馬も後のエピソードに再登場しますし、全体でゆるやかな連作形式になっています。

――なるほど、同一人物とは気づきませんでした! この作品では目の前の現実から逃避し、薬物に溺れてしまう一馬の母の半生にもスポットが当てられています。

 どうしようもない人ですけど、お嬢様育ちでいきなり詐欺師のような男に出会ったら、こうなっても仕方がないかなと思いますね。後半はホラーな展開になりますが、すべてが薬物のもたらした幻覚とも解釈できます。精神的に追いつめられた状態で、目の前に死体があったら声くらい聞いても不思議じゃない。この本の中で起こる超自然現象は、すべて現実なのか幻覚なのか分からない、という書き方になっています。

――「やがて夕暮れが夜に」の怪異もそうですね。16歳の弟が起こした殺人事件のために、主人公のあかりは悪意に晒され、執拗ないやがらせを受けるようになる。加害者家族へのバッシングを扱った作品ですが、一連の出来事の背後には得体の知れない〈悪いもの〉が潜んでいるようにも書かれています。

 いやがらせしているのは生身の人間なんですけど、やられる側にはまるで超自然的な力が働いているように感じられるんです。犯罪加害者へのバッシングは、最近よくニュースにもなりますよね。大きな事件が起こった時、社会に湧いてくるもやもやとした黒い悪意は、ホラーの題材にぴったりだなと思いました。

――死亡した被害者の少年に恋しているあかりは、人目を避け、山小屋で暮らすようになります。後半のストーリーは二転三転し、どこに向かうか予測がつきません。

 人間は何かに取り憑かれることがあります。普通は趣味だったり、タレントだったりするんですが、あかりは被害者の少年に取り憑かれてしまった。

 確かに妙なストーリーですよね。あかりの弟がその後どうなったか分からないし、ラストに登場する人影の正体も分からない。あかりの心理もはっきりとは描かれていません。すべてが曖昧なんですが、実話っぽい雰囲気がそこを繋いでくれているとも思います。

5パーセントの隠し味

――4話目の「さまよえる絵描きが、森へ」も奇妙な味わいですね。ワンボックスカーで一人旅をしていた一馬は、ゲストハウスで出会った男性から、長文のメッセージを受け取ります。そこには彼の恵まれた生い立ちと、罪の告白が記されていました。

 これは半分ほど実話なんですよ。昔、四国をバイクツーリングをしていた際に、ゲストハウスで知り合った人がいたんです。一緒に温泉に出かけただけの仲なんですけど、その後長文のメールが届くようになって。これが僕の乗っている車です、と高級車の写真が送られてくる(笑)。別に親しくもないし、親しい相手ならなおさらこんなメールは送らないだろうと。「あなたは今何していますか?」とかしつこく聞いてくるし、変わった人だったんでしょうね。印象的な体験だったので、いつか小説に使おうと思っていました。

――そんな裏話があったとは。KENと名乗るその男性は、車でひき殺した男性の家族を支えるため、さまざまな策を弄します。

 このひき逃げ犯がどうしても好きになれなくて。お金持ちのぼんぼんで、自分がひき殺した被害者家族の職場に行ってチップを渡そうとする。本当にいやな奴ですよね。だから世の中はお前の思う通りにいかないぞ、という話になっています。

 ホラーポイントは被害者の妻を描いた絵。何の変哲もないデッサンなのに、罪悪感を抱いている男には呪いとなって、精神に影響を及ぼしていく。描かれた妻の側は、まったく悪意を抱いていないというのがポイントです。

――最終話「真夜中の秘密」では、山深い民家に滞在していた主人公・泰斗が、車に他殺死体を積んだワケありの女性と知り合い、奇妙な旅に出ることになります。

 さっき放浪するという共通テーマがあると言いましたが、〝何かに化ける〟という状況もよく出てきます。この作品の女性もそうですし、「やがて夕暮れが夜に」のあかりもそう。山奥に隠れ住んで、必要がある時だけまったく違うキャラクターになって、人間界に下りてくる。現代の妖怪みたいな感じですね。昔、妖怪と呼ばれていたものも、素性を隠して各地をさすらっている人間だったのかもしれません。

――以上全5作、どれも奇怪な事件を扱っていますが、後味は決して悪くありませんね。どこか清々しくて開放感があるのは、いかにも恒川ワールドです。

 これまでに比べるとSFやファンタジーの比率は、明らかに低くなっています。たとえば『無貌の神』や『白昼夢の森の少女』の超自然要素が50パーセントだとしたら、今回は5パーセントくらいだと思います。幻想のフィルターがかかっておらず、ドライで、突き放したような手ざわりがある。そこに違和感を抱く人がいるかもしれません。

 ただ5パーセントに抑えられているからこそ、ぴりっした味わいが出ているような気がします。しょっぱい料理に混ざった干しぶどうのように(笑)、独特の存在感を放っているんじゃないでしょうか。

怖いものは大型トラックと海

――ところで過去のインタビューを拝見しますと、恒川さんは子供時代、さまざまな不思議な体験をされているとか。

 まあ、いろいろと体験しましたね。井の頭公園から(かなり距離の離れた)石神井公園までワープしたり。夜、聞こえるはずのない電車の音を聞いたこともありました。ただ不思議だと感じていたことも、後になると科学的に説明がつくんです。ネットで調べてみると、冬は気温が低いせいで、電車や踏切の音がかなり遠くまで届くらしいんですよ。石神井公園へのワープも、気づかないうちに緑道に迷いこんで、そこを歩ききったんじゃないかと。大人になると変な知恵がついて、不思議を不思議と感じることができなくなりました。

――では、恒川さんにとって怖いものは何ですか?

 うーん、大型トラックと海です。大型トラックは運転中、交差点でぶつけられるんじゃないかと毎日ひやひやするので。今日は大丈夫でも、毎日同じ交差点を使っていたらいつかは事故に遭う、という恐怖がありますね。

 海は沖縄に住んでいた頃、死にかけたことがあって。カヤックで岸から40メートルくらいまで出たところで潮に流されて、漕いでも漕いでも陸が遠ざかっていくんです。カヤックに海水が入りこんでくるし、もう駄目だと思いました。覚悟を決めて海に飛びこんだら、足がつくくらいの浅瀬で、ほっとしましたけど。

――それはどちらも現実的な恐怖ですね。恒川さんの作風からして、意外な気もしますが。

 突きつめると、死が怖いんでしょうね。自分だけでなく、家族が死ぬのも怖い。若い頃は、暗いトンネルなども怖いと感じていましたが、最近は平気になってしまいました。恐怖というのは心理現象で、心の防壁が崩れている時は、ちょっとした物音でも怖く感じる。でも大人になると心が安定してしまって、防壁が崩れること自体があまりないです。

――では、幽霊の類もあまり怖くない?

 幽霊を怖いと感じるのも、心の防壁がゼロになっている状態ですよね。普段は防壁がちゃんとあるので、怖いとは感じません。もし自分が幽霊を見るとしたら、心が極端に弱っている時じゃないかと思います。『真夜中のたずねびと』でも極限状態にある人たちが死者の声を聞いたり、不気味なものを見たりしますが、幽霊ってそういう存在だと思っています。

自分が書きたいものを書いていく

――あえてリアル寄りに舵を切った『真夜中のたずねびと』は、恒川さんの新境地だと思います。今後はどんな作品を書いてみたいですか。

 今回の反動でまたファンタジーに戻るかもしれません。今『怪と幽』という雑誌に連載しているのが、『ドラえもん』のひみつ道具のような便利なアイテムが毎回出てくる短編シリーズ。これもかなりファンタジー寄りです。単行本になるのはまだ先ですが、楽しみにいてしてください。

――『真夜中のたずねびと』の路線もまた読んでみたいですね。人探し探偵・アキが主役の連作なんてどうでしょう。

 いいですね。この本が売れに売れたら(笑)、シリーズ2冊目も書けるかもしれません。これまでの読者がどう感じるか分からないですが、気にしすぎてもしょうがないので、自分の書きたいものをどんどん書いて、作風を広げていきたいと思っています。