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滝沢カレンの「華々しき鼻血」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

「おーい、おーい」
「だれかー! 助けてくれー」

だだっぴろい海に向かって、それはそれはおっきく広がる声で大の男2人が叫んでいた。

そこに倒れて鼻から血を出している女が1人。

「いやーこまったなぁ。民族研究家だっていうのにこんなんじゃ、この村を案内すらできないよ」
「本当だよな。船・・・・・・いっちまったな」

2人の男がなにやら、ボソボソ話している。

「本当にすいません。まさかこんなひどかったとは・・・・・・
やっとの力を使い女が話し出した。

「お、なんか話したぞ」
「本当だ。あんた、大丈夫かい? 起きれるか?」
「助けは呼んだがあいにく船は見当たらないよ。迎えがくる3日後までは我慢だな」

男たちは女に話しかけた。

「あ、はい。大丈夫大丈夫。あなたたち毛皮民族のこと、しっかり取材するまでは帰りませんよ」
女は鼻を冷たい水を持ったような左手で押さえて、肩をカタカタと震わせながら立ち上がった。

そう、ここは、極寒の地グリーンランドのさらに先に行った、毛皮民族が暮らす島、ファー島。
女は民族を取材し続け、52年のベテランだった。

だがここにきて苦戦の色を見せる。

「はぁー。まさかわたしのアレルギーがこんなに進化してたなんてね。ははっ」
女は笑いながら男たちを勇ましく見つめた。

「アレルギー? あんた一体なんか病気なのか?」
「病気だなんて、そんな重体な話じゃないわよ。わたしは根っからの極端を極める動物アレルギーでね。人は鼻水や目がかゆくなるとかいうけど、わたしは一斉に鼻血が出ちゃうってだけよ」

「あんた動物アレルギーなのに、このファー島で取材なんかできるのか?」
「あったりまえでしょ。毛皮民族が毛皮を着てるからって近付かないなんて、わたし人生損しちゃうわ。さ、さっそく案内してよ」

女は鼻血が止まる余地なく、毛皮を着た男たちに近寄った。
鼻血は毛皮に反応し、さらに勢いを増す。
「あぁ。でもあんた血が・・・・・・まぁ気にせずいくか」

鼻血を豪快に出した女はまず質問した。
「さっそくだけどあなたたちのお名前は?」

「俺の名前はダジー。この島のリーダーだ」
臼で引いたような鈍い声をした、ライオンの毛皮を羽織った男が自己紹介をした。

「オイラの名前は、サンザン。リーダーの手下だ」
その男は牛の毛皮を着た男だった。

「私の名前は、サミリよ。この道52年。今日から3日間よろしく」

3人はようやくお互いを知った。

「じゃぁ、サミリいくよ」
ダジーがそういうとズンズン島へと進んでいった。-「ここは365日-8〜10度という寒さだからみんなが毛皮を着て生活している。地球に恵みを受けたもののみで生活するのが私たちだ」

「動物との共存は怖くないですか?」
「怖いなんてことはまったくないね。みんな動物も仲間として共存している」
リーダーのダジーが丁寧に教えてくれた。

「でもそれをお洋服にしてしまうんですよね?」
「当たり前じゃないか。それが一緒に生きるってもんだからね」

まるで感覚が分からないサミリであった。

「あ、そんなことよりあんたが帰る前の夜、毛皮ファッションショーを焚き火を囲んでするよ。ぜひあなたもモデルとして参加してほしい。モデルがなんせ不足してるもんでね」
「えっ、私が? いいんですか? あ、じゃあ、参加させてもらいます。モデルとして」

サミリにとってはあまりに鳥肌が立つ話だったが、せっかくの取材ってこともありうやむやにOKを出した。

(あぁ。嫌な予感しかしない。65年間、私は毛皮を着たことなんてなかったのに。まさかここにきて着るなんてね。どうなるか人生読めないもんね)

「やったね! リーダー! じゃあ明日はウォーキングの練習をしよう!」
「え、えぇ。よろしく」

「じゃあもう今日は寝なさい。鼻血もなかなか止まらないし疲れたでしょう」
そうダジーが言うと、サミリ用の寝床に案内した。

そこには、バナナの皮で作ったベッドが広がっていた。

「さぁここでゆっくり寝なさい」
「ありがとうございます」

月が見えると共にサミリは眠りについた。

「あぁー疲れた。ダジーたちと離れた瞬間鼻血は止まるし、まったくわたしのアレルギーってこんな丸わかりな対応するね。あーあと2日間が思いやられる」と、ぶつぶつ呟きながら、夢の中へとすりこんでいった。

サミリの口周りに熱い液体が感じられる。
「はっ!!」と起きあがると、「やっぱり」。

サミリはダジーたちが近づいて来たのを、鼻血の熱で察した。

「やぁおはよう。今日も盛大に鼻血を出しているね。大丈夫かい?」
「ええ。あぁ寒いっ。やっぱりいくらバナナの皮があたたかくてもこの夜を乗り切るのは大変ね。鼻血のおかげで少しは温度上がったわよ」

サミリはまたもや極刑のような動物アレルギーに襲われた。

ファー島の朝は人の会話が途切れるほどに冷えていた。

「サミリ、今日はファッションショーのリハーサルをしよう」
「おいおい、サンザン、朝からそう騒がしい誘いはやめろと言っただろうが。まずは飯だ飯」

「ていやんでぃ。親分。たしかに騒がしさを爆発させてしまいました。まずは腹ごしらえですね」
「ありがとう。ダジー。お腹すいたわ」

朝ごはんはバナナを材料に手を替え品を替えな朝ごはんだった。

「毛皮民族はこれが主食なの?」
「あぁ、私たちは朝は必ずバナナを食べて腸を動かすんだよ」
「へぇ。なんか私たちとなんら変わらないのですね」

サミリは朝食を終えると、明日のファッションショーのリハーサルに参加した。
リハーサルと言っても、焚き火の位置の確認などで簡易的なものだった。

「サンザン、リハーサルってこんなことをするの??」
「こんなの序の口さ。この島のファッションショーはね、実際衣装協力してくれたライオンやトラと歩くからね。衣装は明日まで着れないが、ライオンたちとこれからリハーサルさ」

「え!? ライオンたちとリハーサルって上手くいくの?」
「この島ではライオンも立派なモデルだからね。昔からの伝統だし、ゆうこと聞かなくたって一緒に練習しなきゃ意味ないんだ」

「私は野生のライオンと触れ合ったことがないけど大丈夫なの?」
「もちろん、僕も近くにいるから大丈夫だよ」
「あ、ありがとう」

そして森からノソリノソリとやってくるライオンとトラたち。
見るからに何か企んでいそうな目つきにしか、サミリは見えなかった。

「いいかい? 動物たちは血の匂いを嗅ぐと死にものぐるいでおそってくるからな」
「え! そんなこと言われたって、私の動物アレルギーは抑えようがないのよ?」

「じゃあせめてこれでも巻いとけ!」と、またもやバナナの皮で鼻をおおい、さらにおっきな葉っぱで鼻を隠した。

「サンザン! 何よこれじゃあ、口呼吸になっちゃうわ」
「仕方ないだろう! 死ぬよりはマシだ!」

あまりのくだらない格好に飽き飽きしたが、確かに命には代えられないと思い、意思を固めた姿でリハーサルをした。

ライオンやトラたちが続々と茂みから引き連れて出てくる。

サミリは鼻の鼓動を感じた。

「あぁやばい。見つからないで見つからないで・・・・・・」

それだけを胸に閉じ込める。

リハーサルは死と生を感じさせる緊張感だった。
トラから始まり、フィナーレはオスのライオンがリーダーであるダジーと堂々と出てくるという流れであった。

サミリは中途半端なフィナーレから3番目にメスのライオンと歩くことになった。
距離を取りながらリハーサルしたため運良く、鼻血には気づかれなかった。

リーダーのダジーがやってきた。

「おお。よく歩いたな。明日はぜひ頑張ってくれよ。鼻血だけには注意してな」
「私だって出したくて出してるわけじゃありません。でも、せっかくの体験なので、がんばりますね」と気合いも見せた。

夜がふけ、またバナナの皮のベッドに戻る。

面白いくらいに鼻血はピタリと止むのだ。

「あーぁ。明日だけ鼻血が出なかったらいいのになー! そしたらきっと最高な思い出になるのにっ!」

サミリは思いを声に乗せた。
そして眠りにつく。

ファッションショー当日。

「あぁ! 朝だぁ。今日はダジーたちが来る前に起きれたから鼻血も出てないっ! ラッキー。朝血塗れで起きるの不快なのよね」と伸びをしながら独り言を話す。

するとダジーやサンザンがやってきた。

サッと鼻を押さえたサミリ。

「おはよう、よく眠れたかい」
ダジーが笑いながら声をかけた。

「うん、おかげさまでね。あれ??」

手に熱いものを感じなかったためそっと鼻を押さえた手を広げた。
「鼻血が出て、ない。え? なんでかしら?」
「おー! よかったじゃないか! それは! ファッションショー当日に合わせてくるなんてプロだな君は」

「でもなんでかしら? おかしいわよね。わたしの願いが通じたのかしら・・・・・・」
サミリは昨日口に出した言葉が言霊になったのかと喜んだ。

そしてショーが始まる夜6時。

焚き火が一際目立ちながら、火を踊らせている。
小さなビルの高さくらいになるほど高い高い火だった。

他の出場者と共に、木に隠れながらサミリは出番を伺う。
木の棒で作った笛と、丸太を力づくで叩く世にも謎なメロディがファー島を埋め尽くす。
乗るに乗れないサミリにはなおさら、不安なファッションショーと化していく。

隣にはメスのトラと歩くとなると、いつ死んだっておかしくない。
いまはとにかくこのファッションショーを無事に終わらせ、帰郷し取材結果をまとめることだけを考えた。

ブンタラタラタラタラ、
ビータラタラタラタラ、
ダッガダッガダダンダダン。

まるで気を悪くする曲が尚更広がる。

いよいよ、サミリの番だ。

サンザンが近づいて来て、ファッションショーの主役となる毛皮のコートを持って来た。
「さぁ、サミリ、これを着るんだよ」

トラの毛皮で作られた見るにも石塊のような重さを誇るコートだった。

「わぁ。こんなにダンベルみたいな重さなのね。毛皮・・・・・・大丈夫かしら? 今日は不思議なことに鼻血出てないけどアレルギー反応してないのよね」
「きっと大丈夫さ。治ったんだよ」

「いや、そんな簡単な話なのかしら? まぁでも一理ある」
「とにかく君の番だからさぁ羽織って」
「えぇ」

サミリは着ていたダウンコートを脱ぎ、渋々片腕ずつ通して毛皮を羽織った。

「おもっ。そして暑いくらいあったかいわね。これ着て歩くのー? ほんと一大事ね」

トラの毛皮がサミリの身体を覆う。
それはそれは膨れるほど厚みが出てサミリとは思えない風貌だった。

ドクン。

サミリの身体にまたあの嫌な熱さが通ったが、またもや鼻血は出なかった。

「こんな毛皮が近くにいるのに、反応しないなんてすごい。まじで治ったのかしら」
サミリはポツリと呟く。

「さぁサミリの番だ! いってらっしゃい!」

「あ、はい!」

サミリは重たい毛皮を羽織りまた一歩、また一歩と歩みを進めていく。

トラとの合流地点にくると、トラが眠気を知らない瞳でサミリを睨みつけている。

「ちょっと仲間なんだからやめてよー」と引きつった笑顔で冷や汗を垂らす。

トラがゆっくりとサミリの横までやってくる。

ドクン。

またもやあの変な熱を身体に感じた。
いつもより熱い。

だが鼻に手を出しても血はついていなかった。
一安心するとサミリは早く終わらせちゃえ!という意識でトラと進み出す。

サミリが登場すると、焚き火の炎のように、観客(毛皮民族)たちも立ち上がる。

「ピューピュー」

毛皮を着た人間たちがバサバサと手を振ったり身体を動かし踊らしている。

ドクン。ドクン。

またもや熱いなにかが身体をめぐる。

「あんたたち座って大人しく見ててよー」とサミリはやっかいな踊りをする民族たちを悔やんだ。

そして最後トラに乗って帰るという大見せ場が待っている。

「よし、ここで乗るわよ」

決心をして手をトラにつけたときだった・・・・・・。

その瞬間っ。

ブヒヒヒヒ
ブヒョー ズズズズズ

絵:岡田千晶

民族が奏でる曲にまたがるかのように豪快な音を出し、鼻血が滝出た。

炎によって鼻血は美しく舞っていく。

そして毛皮民族たちは、目をまん丸くし動きを止める。

サミリは風景がスローモーションになったかのようにゆっくりと自分の鼻から血が噴出していくのを見ていた。

木々にサミリの血が薔薇のようにつきまとった。
辺りは情熱溢れる薔薇のような風景に変身した。

トラすらも、赤いスカーフを纏ったかのように美しく、息を飲む。
すると、周りの民族たちは、その美しさに涙する人もいた。

サミリははずかしそうに手で鼻を押さえそそくさとトラから降り木の茂みに戻って行った。
だが、サミリが去っても、その場は何故か感動の拍手に包まれた。

サミリはたまりに溜まった、動物アレルギーが底力として発揮し、経験したことのない量の鼻血が出た。
だが、ファー島は花が一本もない島だったため、民族たちはこれはサミリからの贈り物に感じていたのだ。

「ちょっとなによーこの量は!」
サミリは木に隠れながら、民族たちの輝きに満ちた目をひそひそ見ていた。
「わたしの鼻血をこんなに見てくれてるなんて一体どうなってるの?」

するとそこにダジーがやってきた。
「さぁサミリこちらに」というとまた、みんなの前に連れてこられた。

「ごめんなさい。こんなにクラッカーなみに鼻血を噴いてしまって・・・・・・」

「はっはっは。何を言っているんだい? 見てみなさい、あなたの熱を持った鼻血のおかげで、このトラはあったかそうだ。そしてこの木々たち。君の鼻血のおかげで真っ赤な花が咲いたような。花のない島だったからね。こんな景色を初めてみたよ。本当にありがとう」

「え?」

「サミリのおかげでみんなが穏やかな気持ちになれたんだ」

サミリは訳わからなかったが、たしかにこの風景は悪くなかった。
赤い薔薇が咲き乱れてるように、確かに見える。

そしてトラたちも襲う素振りなんて全く出さず、あったかそうな顔をしていた。

「華麗なる鼻血を見せてくれてありがとう」

それが民族と会話した最後の言葉だった。

サミリはこの不思議な島の出来事を、「華々しき鼻血」という名で提出し、その記事は次々に言い伝えられ、ファー島は一気に有名な島となったのだ。

鼻血を自慢に思えたサミリの思い出となった。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 今回紹介した『華々しき鼻血』は物語ではありません。言葉遊びの絵本、と言えなくもないのですが、訳者の柴田元幸さんはあとがきで「アルファベット・ブック」と記しています。A~Zで始まる副詞を使った単文が一つ見開きページの左側に、そして右側にはモノクロームの線画が載っています。たとえば、「He ran through the hall Maniacally.」(らんしん ひろまを かけぬける。)の右側に、寝間着姿の男が斧(?)を振りかざしながら駆けている様子が描かれています。タイトルの「THE GLORIOUS NOSEBLEED」にも副詞が入っていますが、添えられた線画の女性は鼻を押さえているだけで、カレンさんの物語のように派手に血を流しておらず、何が華々しいのか正直わけがわかりません。

 作者のエドワード・ゴーリー(1925-2000)はこうした本のほか、劇作家ベケットの作品の装画や舞台美術なども手がけています。幻想的な画風と独特な言語感覚で世界中に熱狂的なファンを持つゴーリー。シュールともコミカルともいえる世界はどこか、カレンさんの紡ぎ出す物語に近しいものを感じます。