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深緑野分さん「この本を盗む者は」インタビュー 物語で遊んだ幼少の体験、根っこに

深緑野分さん=興野優平撮影

 五感を駆使した緻密(ちみつ)な描写で、その場にいるかのように錯覚させるストーリーテラーとして注目を集めるのが深緑野分(ふかみどりのわき)さんだ。新刊タイトルは、『この本を盗む者は』(KADOKAWA)。本文に登場する、本の呪いの文言の一部だ。

 本にあふれた町で、由緒ある本読みの家に生まれたが、大の本嫌いの高校生、深冬(みふゆ)。一族の蔵書が盗まれるたびに呪いは発動し、町がマジックリアリズムやハードボイルドなどの作品世界に塗り替わる。見知った誰もが普段とまったく違う人物になりきる中で、犬のような少女、真白(ましろ)と犯人を捜す。

 とにかく、引き出しが多い。もともと、ミステリーズ!新人賞の佳作に『オーブランの少女』が入選してデビュー。ノストラダムスの大予言が実現するのか、緊迫感漂う1999年夏の日本を描いた『分かれ道ノストラダムス』のような作品もある一方で、直木賞候補になった『戦場のコックたち』『ベルリンは晴れているか』では、ノルマンディー上陸作戦時や第2次大戦直後のドイツを活写した。

 芸達者ぶりは、今作でも遺憾なく、いっそ奔放に発揮されている。「とにかく自由に書いた」と話す。「子どものころから物語で遊ぶのが好きだったので、自分の素に近い、原点のような作品になったと思う。私の精神性はいまも10代のまま。これが根っこにあって、資料で補強した延長に、たとえば『ベルリン~』がある」

 周りが本好きばかりの中で、本嫌いを貫く主人公には、自身の体験が投影されている。両親が大の映画好きで、小さいころからテレビで映画がずっと流れていた。「英才教育といえば聞こえは良いけれど、趣味の押しつけでもある。私の場合、自分の精神性に合っていたので良かったけれど、家業を継ぐことにも少し似た、家族から趣味を強要されることには断固反対。嫌いなものは嫌いと言い続けることも大事だと思う」

 本の中の世界に迷い込むたび、深冬のそばに現れる真白とは。呪いの正体とは。そこにも、自身の幼少期の体験が顔を出す。「本を読み終えて、登場人物に会えなくなるのがすごく悲しかった。最後の深冬の選択は、私ともちょっと似ている。物語が好きな人間は、わりとこういう切実さを抱えている気がします」(興野優平)=朝日新聞2020年11月4日掲載

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