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坂上泉さん「インビジブル」インタビュー 戦後実在した「大阪市警視庁」、若き警察官コンビが奮闘

作家の坂上泉さん。昨年結婚した妻から会社を辞めないようクギを刺され、「細く長く書いていきたい」

 「都構想」ではないけれど、東京にしかないはずの警視庁が、かつて大阪市にもあった――。そんな史実を背景にしたサスペンス小説『インビジブル』(文芸春秋)が刊行された。作家の坂上泉さん(30)が焼け跡の残る戦後の大阪を舞台に、新しい時代の秩序を守ろうと奮闘する若い警察官コンビを描いた快作だ。

 日本が敗戦後の占領下にあった時代、GHQの政策で、比較的大きな自治体は自前の警察組織を持つことになった。そうして、1949年に生まれたのが「大阪市警視庁」だった。
 存続したのは、わずか約5年。日本が独立を回復した後の54年、警察法が改正。自治体警察と、全国の小さな自治体を所管した国家地方警察の廃止が決まり、いまの警察庁と都道府県警の体制に一本化されていったためだ。

 東京大学で戦後史を学ぶうち、大阪市警視庁の存在を知ったという坂上さん。就職後に大阪に赴任して、「東京とは違う視点で、戦後日本の下地がつくられた時代の物語が書けるのでは、と思いました」。

 物語は大阪市警視庁がなくなる直前の54年5月、まだ焼け跡にバラックが立ち並ぶ大阪市東部で始まる。空き地の草むらで、頭に麻袋をかぶせられた男性の刺殺体が発見される。身元は衆院議員秘書。次いで線路沿いで見つかった右翼団体幹部の遺体にも、やはり麻袋。

 政治テロか、それとも。大阪市警視庁に中卒で入った新城と、国家地方警察の帝大卒の幹部候補である守屋。組織の統合を控えてコンビを組まされた若い二人が、ぶつかり合いながらも事件の真相に迫っていく。

 秩序の回復を願うあまり、戦前の強権的な「オイコラ警察」をひきずるような態度の守屋。反発する新城もまた、「民主警察」の理想と現実に思い悩む。
 〈新しい時代を突き進む者たちが、いまだに古い考えや常識によって動いている……〉

 次第に明らかになるのは、事件の発端となったある満蒙開拓団の悲劇。まだ生々しい戦争の傷痕を抱え、過去から視線をそらせぬまま、後ろ歩きで新しい時代に歩み出さざるをえなかった者たちの群像劇でもある。

 坂上さんの祖父も、満州からシベリアに抑留され、生還した一人だという。「戦後を生きた人たちが、焼け跡にどう社会と秩序を立ち上げていったのか。私たちの個人史にもつながっている話だと思います」

 兵庫県出身。大学時代はアスキーアート(文字や記号を使った絵図)による創作にのめり込み、ネット掲示板では知る人ぞ知る存在だった。「キャラの描き方、プロットの立て方はいまも生きています」

 会社勤めのかたわら小説の執筆を開始。西南戦争の官軍に加わった落ちこぼれ士族を描き、2019年に松本清張賞を受けた作品を改題した『へぼ侍』でデビューした。実証的な近現代史の知識を土台に、骨太なエンターテインメントを組み上げる手並みは今作でも鮮やかだ。

 会社員と作家の二足のわらじを続けながら「次は大阪万博を書いてみたい」。(上原佳久)=朝日新聞2020年11月4日掲載